2011年04月17日

そろそろドイツ3歳戦線について

 メール・ミュルヘンス・レネン(独2000ギニー・G2)のトライアルに当たるドクター・ブッシュ・メモリアル(G3)を直前に、いい加減2歳戦の振り返りを含めて3歳戦線の展望っぽいものを。

 既に先週デュッセルドルフで最初の3歳リステッドレースがあり、勝ったAcadius(2歳GAG95kg 以下GAGは2歳時のもの)は昨年オッペンハイム・レネン(L)を圧勝して2歳最高GAGをもらっており、ラティボア・レネン(G3)では全く力を発揮せず直線で沈んだものの、完全復調しての復帰とみてよさそう。メール・ミュルヘンスでも確実に人気になるだろう。

 そのラティボア・レネンで勝ったのがGereon(94kg)。3戦3勝で全て楽勝。調教師のクリスティアン・チャッヘ(Cristian Zschache)は同馬の馬主でもあり、ホッペガルテンで小厩舎を構えているに過ぎない。大抵こういうところからいい馬が出てくると、早い段階で大手馬主に売られ、厩舎も大手に移るものだが、チャッヘは今のところGereonを手放す気はなく、春先には久しく誰もチャレンジしなくなったクラシック三冠を目指すと表明していた。ただ春の復帰戦がまだ決まっておらず、クラシック第1戦のメール・ミュルヘンスには直行でない限り間に合いそうにない。また有力騎手は皆どこかの大手厩舎に所属しているので、探し回った結果主戦を引き受けてくれたのが、往年のドイツ・リーディングで今は嫁さんの経営するスイスの厩舎でのんびり現役を続けているボシュカイである。もう50歳過ぎてるし、重賞に出てくることもすっかりなくなってるので、経験と名声は一流だが、現在の力はどうかとなると不安ではある。しかし馬はまだまだ底を見せていないので、とにかく楽しみな1頭だ。

 ブッシュ・メモリアル出走馬は、なかなかいいメンツが揃った。筆頭に上がるのは当然2歳チャンピオン戦であるヴィンターファヴォリート賞(G3)を制したSilvaner(93.5kg)である。2戦2勝で、ヴィンターファヴォリートでは大外から粘るNice Danonを捕らえての勝利。圧勝ではないのでGAGは思ったより付かなかったが、素質は十分感じられる1頭だ。

 一方そのレースで2着に敗れたNice Danon(93kg)も、決してそこで決着がついた訳ではない。その前のツークンフツ・レネン(G3)では最低人気であったにも拘らず1着入線で、進路妨害のため2着に降着。ヴィンターファヴォリートでもそうだったように、並んでから粘る根性があり、1戦毎に力を付けている印象だ。叩き1戦目の今回はどうか分からないが、仮に負けても切り捨てるには早いタイプだと見ている。

 Silvanerと並んでブッシュ・メモリアルで人気になりそうなのが、Quinindo(88.5kg)。デビュー戦で10馬身差の圧勝劇を演じ、フェアホフ牧場の良血というのあって一気にダービー候補の筆頭扱いになったのだが、思い切ってチャレンジしたクリテリアム・ド・サンクルー(仏G1)ではいいところなく5着に敗退。やや人気先行の嫌いがあり、ブッシュ・メモリアルは試金石といえる。

 もう1頭ブッシュ・メモリアルで面白そうなのがLindenthaler(90.5kg)だ。2戦2勝でユニオーレン賞(L)を余裕を持った勝利。シールゲン厩舎主戦のシュタルケは重賞馬のSilvanerに乗るが、こちらもデフリースを押さえてるので、どちらが上というものではないと思う。牝系はエッベスロー牧場が持つ古いドイツ血統で、父はAzamour。決して早熟タイプではないだろう。

 その他2歳で好成績を残し、まだ復帰戦が決まっていない牡馬では、Earl of Tinsdal(85kg)が挙げられる。2戦2勝でミュンヘンのオークション・レネンを圧勝で制している。2着のRose Danonが先週Acadiusによく食らいついての2着になっており、相対的にEarl of Tinsdalの評価も高くなる。この馬はダービー狙いで復帰戦を組んでくるだろう。

 もう1頭、まだ1戦1勝ながら現在のダービー予想で上位人気に入っているのが、グラディッツ牧場のSundream(77kg)。GAGは未勝利戦1勝のみだから当然低いが、このレースでの落ち着いた勝ちっぷりにはかなりのポテンシャルを感じさせられた。父Lomitasだから距離が伸びて期待でき、この馬もダービー1本狙いで復帰してくるだろう。

 最後に今更ながら2010年勝手に年度代表馬2歳牡馬を選ぶと、3戦3勝、且つラティボア・レネンでの強い勝ち方からGereonにしたい。小厩舎から出てきた大物のいう話題性もあり、昨年の2歳馬では最も注目された馬といえるだろう。

 全体として今年の3歳牡馬は粒揃いで面白そうだ。ダービーに向けてこれからデビューする有力馬も少なくないし、結構楽しめそうである。

 3歳牝馬については、また1000ギニートライアルを見据えたあたりでw
posted by 芝周志 at 06:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年03月03日

2010年ドイツ年度代表馬はScalo

 またブログをサボってる間に年度代表馬が決定してしまった。2010年ドイツ年度代表馬はScaloとなった。一応私が考えたとおりの結果である。

 Scalo ist Galopper des Jahres 2010

 大衆紙Bildのインターネットサイトを通じた投票と郵送投票により、ノミネート馬3頭の得票率は以下のとおりとなった。

 Scalo: 43%
 Night Magic: 40%
 Vanjura: 17%

 事実上昨年のドイツ競馬で目立った活躍をしたのは3歳のScaloと古馬のNight Magicで、一応3頭ノミネートするこれまでの慣習から、もう1頭挙げるならマイルのVanjuraというものだったので、前者2頭で票が拮抗したのは、かなり健全な姿だと思う。前回記事で各馬触れたとおり、シーズンを通じてドイツ競馬を牽引したのはNight Magicであったが、Scaloは一旦主役の座から下がったものの、秋に再浮上し、オイローパ賞でNight Magicとの直接対決を制したのは大きい。全体的な活躍を重視するか、最終的な勝負を尊重するかの差が3%の違いだったということで、仮に逆だったとしても大きな異論は出なかったであろう。

 ところで、毎年ドイツの年度代表馬選考については苦言を呈している私であるが、今回は結果が予想通りであったこともあり、それほど苦々しいものは感じていない。しかしそれはまさに結果としてであって、選考過程については今回も外野から見える範囲で振り返ってみる意味はあるだろう。

 まずアンチ票については、今回は最初からそれほど問題とはなっていなかった。というのも、かつてのシュッツ厩舎、現在ではヒルシュベルガー厩舎という有力であると同時に僻みを受けやすい厩舎の馬がノミネートされていなかったからだ。シュレンダーハーン牧場ウルマン男爵家専属のヒルシュベルガーは、昨年はどう考えても成績が抜けていたGetawayとWiener Walzerをノミネートさせていたにもかかわらず、オンライン投票3,608票、郵送票を合わせても恐らく4000票そこそこという僅かな投票数の中で、不自然と思えるほどの得票率で実績下位のNight Magicに敗れてしまった。しかし今回はScaloのヴェーラー厩舎が他の2頭の厩舎より規模的に抜けてはいたものの、シュッツやヒルシュベルガーほどやっかみを受けているわけでもなく、事実上昨年の実績通りに票が分散されたのである。

 また今回は、運営側もそれなりの対策を講じてきた。オンライン投票の際、氏名、住所、メールアドレス等の個人情報を記入させたのである。恐らく郵送でも同様の措置がされたはずだ。投票者の中から抽選でプレゼントを与えるという特典は以前からやっているが、昨年のオンライン投票やそれ以前の電話投票など、IPアドレスや電話着信記録から調べるのかというほど事前の個人情報提供はさせておらず、そもそも特典当選自体が出来レースなんじゃないかと思われるやり方だった。それゆえ多重投票もかなり可能だったと思われる。しかし今回は前もって個人情報を詳細に書かせたため、恐らく多重投票がかなり抑えられたはずだ。

 もっとも、今のところ競馬人気が盛り返しているという状況ではないにもかかわらず、German Racingの発表では、総投票数が昨年のほぼ倍になったと書かれている。上記のような多重投票の抑止策が取られたなら、本来なら昨年より投票数が減りそうなものだが、この発表は俄に信じ難い。しかも明示されたのは各馬得票率だけで、投票実数はなく、この辺にドイツの年度代表馬選考イベントの不正直さが相変わらず見え隠れしている。昨年はオンライン票が自動表示されてたのだが、今年はなかったところがなんともいやらしい。

 まあしかし、前年までに比べればましになったと言えるだろう。クソ真面目で融通の効かないドイツ人という神話的イメージに、来年は更に一歩近づいてもらいたいものだ。

 選考制度の話ばかりになってしまったが、ノミネートされた3頭はいずれも今年現役続行の予定である。年度代表馬に選ばれたScaloは、2400mの所謂チャンピオンディスタンスで活躍を期待できる唯一の馬と言っていい。もちろん新興勢力の台頭は大歓迎であるが、やはりLando産駒のScaloが中心となって今年のドイツ競馬を盛り上げ、更にジャパンカップに参戦なんかしてくれた日には、ドイツ競馬ヲチとしては胸熱の至りである。ここ数年3歳の活躍馬が古馬になってイマイチなので、Scaloには是非とも頑張ってもらいたい。

 んで、当ブログの勝手に年度代表馬選び2歳部門他が放置のままなのだが、取り敢えず2歳部門をやらないことには春からの3歳クラシック戦線を展望できないですな…。えっと、近日中に頑張ってみます…(・・;
posted by 芝周志 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年02月09日

2010年ドイツ年度代表馬選考が始まった

 ドイツ年度代表馬選考はまた芝シーズンが始まる頃にのこのこやるんだろうと思ってたら、いきなり昨日始まりやがった。

 Wählen Sie den Galopper des Jahres 2010!

 当ブログ毎年恒例の「勝手にドイツ競馬年度代表馬」も途中まで書いて余裕で放ったらかしにしてあったのに、急遽書いた分だけ出すことにしましたよ。幸いノミネート馬3頭については書き終わっていたので。

 そのノミネート馬3頭は以下のとおり。

 Night Magic
 Scalo
 Vanjura


 例年通り各部門別に書いているので、この3頭に該当しない古牡馬部門も一応執筆済みであげておきます。このブログにおけるマイルールは例年通り、選考対象馬は「ドイツ調教馬」及び「ドイツで出走した外国調教馬」、参考として馬名横に年度GAG、Thoroughbred Pedigree Queryの5代血統表へのリンクを付けておきます。

◆最優秀古牡馬: Campanologist(98kg)
 いきなり外国調教馬ですよ…。2010年は、2009年を牽引したGetawayが春2戦2着のあと故障引退。09年ダービー馬Wiener Walzer(97.5kg)が国外G1に挑戦するも結果を残せず、かといって新勢力が台頭してくることもないまま、国内G1のドイツ賞(ハンザ賞との合併開催)とラインラント・ポカールをゴドルフィンのCampanologistに掻っ攫われてしまった。残る混合G1を別の外国馬、牝馬、3歳馬に奪われたとなれば、最早ドイツ国内調教馬にこの部門の候補はいない。ということで、最優秀古牡馬はCampanologistに。
 それでも国内調教の牡馬を1頭選ぶなら、ピークを過ぎながらもG1戦線で残る力を発揮し、バーデン大賞で2着になった8歳馬のQuijano(98kg)であろうか。騙馬のQuijanoはこの年をもって引退。今年から故郷フェアホフ牧場で若駒たちの調教誘導馬になる。またWiener Walzerは今年からフランスのファーブル厩舎に預けられ、かつてのShiroccoやManduroのように名伯楽による再生を期待されることになる。ということで、今年の古牡馬は明け4歳馬たちの活躍に望みを託さざるえないようだ。

◆最優秀古牝馬: Night Magic(98.5kg)
 この部門に関してはこの馬をおいて他にいないだろう。昨年のディアナ馬は、古馬になって牡馬に交じり、ドイツ調教馬の中心を担った。春初戦はイタリアG1共和国大統領賞で仕上がり足りずに7着と凡走したが、バーデン開催中止のためホッペガルテンでの施行となった2200mmG2戦で貫禄勝ち。バイエルン・ツフトレネンでは直線で前が詰まって追い出しに遅れ、英国牝馬Lady Jane Digby(97kg)の2着に甘んじたものの、古馬頂点となるバーデン大賞で、牡馬陣を完封する見事な勝利を収めた。オイローパ賞では3歳馬のScaloに完敗したが2着は確保する。今年も現役続行は決まっているが、恐らく高値でのオファー待ちというところなのだろう。

◆最優秀3歳牡馬: Scalo(100kg)
 Scaloは春にG3を2戦2勝し一躍ダービー候補に上がるものの、ウニオン・レネン(G2)では直線で前が詰まって抜け出せずに5着、本番でも最後方から思うようにレースが出来ぬまま9着に沈んでしまった。一方で2歳から実績を持つZazou(96kg)がブッシュメモリアル(G3)完勝、仏2000ギニーのプール・デッセ・デ・プーランでよく追い込んでの6着に好走したあとウニオン・レネンで圧勝し、安定した強さを見せる。距離不安視されたダービーでも力は発揮し、ゴドルフィンのBuzzwordに屈しものの2着となった。だがその後、ランラント・ポカール3着、ドラール賞(仏G2)9着、ローマ賞(伊G1)4着と、古馬勢の前では結果を残せなかった。それに対し一旦主役の座から転落したScaloはダービー後に立て直し、8月のドーヴィルでPrix Guillaume d'Ornano(仏G2)を勝利してオイローパ賞(G1)に向かう。そしてNight MagicやQuijanoを、後方から見事に差し切ったのだ。
 ということで、最終的に古馬の強豪を相手にG1を制したScaloが3歳世代最優秀馬で問題ないだろう。Scaloには古馬になった今年も大きな期待がかかる。Zazouも本来的な力はあるので、再び立て直してマイルから2000mmクラスで活躍して欲しいものだ。

◆最優秀3歳牝馬: Vanjura(97kg)
 この部門は牝馬クラシックの王道を眺めていると、1000ギニーの Kali(96kg)もディアナ賞のEnora(95kg)も(少なくとも年内は)一発屋で終わってしまう。常に人気の上位にいたElle Shadow(95kg)は、G3等で勝つときはG1級の強さを見せ付けるのに、肝心なところで取りこぼしてしまった。ということで、クラシック路線はどうにも一押し出来ない馬ばかりだ。
 だが1000ギニーを7着のあと5月のホッペガルテンで2000mのディアナ・トライアル(G2)を勝ったVanjuraが、そこから再びマイルに路線を戻し、徐々に台頭する。ハンブルクの牝馬G3で古馬と対戦し同じ3歳で参戦した伏兵Aslanaに敗れるものの2着を確保し、9月にトルコの国際競走イスタンブール・トロフィー(G2)を快勝、そしてミラノのマイルG1、ヴィットーリオ・ディカプア賞でRio De La Plataに短首差の2着と好走したのである。負かした中にはPressingやドイツ古馬マイルの善戦野郎Sehrezadもおり、高いレベルは十分に示したといえる。

 ということで、執筆済みはここまで。本当はノミネート馬発表前に3頭予想をするつもりだったのだけど、先に答えを出されてしまった。しかし一応予想は、発表されたとおりではある。そしてこの中から1頭投票するなら、Night MagicとScaloで悩んだ末、Scaloを選ぶことにする。シーズン通じてドイツ競馬を牽引したのはNight Magicの方だけど、Scaloもシーズン通し3歳の中心にいた1頭であり、直接対決でNight Magicを破ったということでこちらにした。ただこれは好みの問題になるので、仮にNight Magicが選ばれたとしても異存はない。Vanjuraになったらちょっと首を傾げることになるが。

 もっともドイツの年度代表馬選考は、毎年首を傾げる結果になっているおり、安心はできない。とはいえ、今年は非常に珍しいことに(もしかしたら初めてかも)ケルンの調教馬が1頭も含まれていない(去年もケルン競馬場調教馬はいなかったが、シュレンダーハーンの2頭はケルン郊外の牧場併設調教場の馬なので、広い意味でケルン)。これまでアンチ票を集めてきたシュッツやヒルシュベルガーの馬がいないので、多分順当な結果に収まると思われる。特に住所・メールも明記する完全記名投票となっているため、一人による多重投票がかなり難しい。さすがに運営側も毎年の結果に少なからず頭を痛めていたとは思うから、こういった逃げ隠れできない投票手段を選んだのだろう。

 尚、締切りは書かれていないが、少なくとも今週一杯は受け付けていると思う。結果が出たら報告します。

 えっと、それから「勝手にドイツ年度代表馬」のその他の部門(2歳、及び各距離体系別)は来週以降に書きます。今週は明後日から佐賀に行き、金曜日に佐賀記念を見てくるのでw
posted by 芝周志 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年01月07日

本年のご挨拶として

 甚だしく遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

 ドイツより帰国して2月で早3年。ライブで見ていた馬たちも多くが引退していき、自分がドイツ競馬を語る上でのアドバンテージが殆ど無くなってきたなと実感する今日この頃ではあるが、一方でRoyal FantasyやAnna Mondaなど、ドイツでしっかり見ていた馬たちの子どもが日本でデビューし、帰国時には殆ど意識していなかった僥倖を味わっているのも事実。相も変わらず不定期更新のこのブログは、そういう私なりの関係性をドイツ競馬と築きながら、今年もつらつらと書いていくことになるのかなあと。

 ところで昨年を振り返ると、Twitterによって競馬絡みの付き合い関係が一気に広がった。殆どが自分より若い世代の中で適当に交ぜてもらい、彼らの会話の中から多くを学ばせていただいた。ドイツにいた頃は新馬や未勝利も結構チェックしていたけど、如何せん日本は頭数がはるかに多いせいで、大抵は勝ち上がってからぼちぼち気にかける程度だったのだが、彼らのお陰で早い段階から馬名が耳に入ってくるようになったのは有難い。擬人化クラスタと呼ばれる女子たちには、1頭1頭の馬が好きという素直な気持ちを弾けるほどに見せてもらい、こちらまで嬉しい楽しい気分を味わあせてもらっている。と同時に、そんな好き馬たちをより深く知るために、貪欲なほどに勉強している彼女たちには驚嘆するばかりだ。

 20代後半からドイツに行くまでの30代半ばにかけて身近に同好の士がいなかったせいで、自分の中で実は競馬がかなり薄いものになっていた。それゆえドイツで競馬熱が復活した後も、日本競馬に関しては、ライブで見られないせいもあり、尚も関心は薄いままだったのは否定しない。しかしそれが、若い人たちの勢いに乗せられている部分が大きいにせよ、改めて関心が高まったはきたなとは感じている。そういう意味でTwitterは私にとって有意義なツールとして働き、出会った彼ら彼女らには大いに感謝している。

 とはいえ、そもそも私は空気を読んだりするのが苦手だから、調子にのってふざけているうちに調子外れなことをやらかしていることがしばしばだ。彼らにしてみれば厄介なおっさんに過ぎない部分のほうが大きいだろう。上手くやらんといかんなあと思いつつ、多分これからも厄介なことつぶやいちゃうんだろうなと思う。先に謝っておく。すみません。今年もごめんなさい…。

 もう一つ刺激を大きく受けたこととして、昨年は写真を撮ることについて多くを勉強させていただいた。これもまた身近に同好の士がいなかったというのが大きいのだが、競馬写真仲間が一気に増え、それぞれの好みやコンセプトの違うことにより、様々に吸収するものを得た。スローシャッターの流し撮りなど全然やってなかったのに、Twitter上の写真クラスタでは半ば流行りに近い傾向もあって、私もちょいちょい取り入れさせてもらった。これからも基本線としては絞り開放の高速シャッターで撮っていくが、ところどころにアクセントを入れる意味でも、様々な手法を他の皆をお手本に試していきたいと思う。

 改めてこのブログについて考えるならば、今年も不定期に気分次第でドイツ競馬ネタを中心に書いていくことになるだろう。まずは例年通り、前年の振り返りの意味で、個人的年度代表馬選びをしないと。また春競馬が始まればダービーに向けて3歳戦の記事をちょぼちょぼ書いていくつもりではある。ドイツ競馬史的なものは、まあいろいろと頭を巡るものはあるが、なかなか集中してドイツ語文献を読む時間も気力もないので、それこそ長い目でぼちぼちという感じになるだろう。一方で競馬、及び風景撮り等でカメラ・写真ネタは折々に取り上げるつもりだ。写真撮りは自分の趣味としてこれまで以上にはまってきている。

 だいたいこんな感じです。ということで、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
posted by 芝周志 at 01:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ご挨拶

2010年12月15日

「医師が青信号を出してくれた」― A.スボリッチ復帰インタビュー

 スボリッチ騎手が今年4月、香港滞在中に頭部内出血の重症を負い、復帰は危険という判断から8月に引退表明をしたことはこのブログでも触れた。日常生活には支障ないほどに回復していたので、9月初のバーデン開催では騎手たちへのインタヴュアーとして姿を見せ、競馬との第二の人生を模索し始めたかに見えた。しかし今月2日、医師からゴーサインが出、馬上にカムバックするというニュースが駆け巡った。そしてこの度GaloppOnline.deがスボリッチにインタビューした記事があがったので、拙訳を試みてみる。

Jockey Talk mit A. Suborics

GaloppOnline.de:退場からの退場……どういう経緯ですか?

スボリッチ:それは簡単な話です。私の回復が予想よりはるかに早く、医師が馬上への復帰に青信号を出してくれたのです。再び鞍に跨ると決断して以来、私自身とても満ち足りており、また誰もがそんな私を幸せにしようとしてくれるのです!

GaloppOnline.de:このような道へ勇気を持って踏み出すことが出来る、そして踏み出したいと思えるほど、この半年間で健康状態が劇的に変化したのですか?レース中に危険な状況になった際、恐怖を感じる可能性があるとは思いませんか?

スボリッチ:懸念は持ちたくないし、ありません。私を知っている人は誰もが、私を咎めることが出来ると分かっていますが、私は自分の仕事をこなす中で恐怖を感じたことは一度もありません。全てを受け入れ、バーデン・レーシング(註:バーデン競馬場主催組織)で新たな仕事を始めるという、より快適な人生は確実だったでしょう。しかしそうしてもう一度試してみるということをしなかったなら、一生後悔するだろうと思っただけなのです。レースで騎乗するということは、私にとって仕事だというだけでなく、情熱でもあるのです。

GaloppOnline.de:騎手アンドレアス・スボリッチは、事故と休養との後もベストだった頃と同じように再び乗れると確信してるわけですね?

スボリッチ:まあ、多分ベストな状態はもう一度来るでしょう。今回の事故はそれほど酷いものではなく、出血した後も2週間騎乗してたんですよ。その時のほうが今より間違いなく危険でしたが、あなたは私の頭が弾けてしまっていたと思うでしょうけど、私は自分のレースは全て乗ったし、馬主や調教師たちからも満足を得ていたんです。

GaloppOnline.de:馬にどうしても乗りたいという気持ちに指先をくすぐられ、拙速に決断してしまったという懸念はありませんか?

スボリッチ:この決断を下すまでには十分時間があったし、しっかり考えました。また私は自分自身以外誰に対しても釈明するようなものは負ってませんし、今は清々しい気持ちで、再び馬に乗りたいのです。

GaloppOnline.de:いつからまたレースに乗りたいと考えてますか?

スボリッチ:出来るだけ早く。しかし自分の調子がちゃんとフィットしたタイミングによります。

GaloppOnline.de:いつから朝の調教には参加し、またどこで乗ることになりますか?

スボリッチ:既にヴァルデマール・ヒクスト調教師のところで最初の騎乗はしました。

GaloppOnline.de:事故、及び引退表明以前はヴァルデマール・ヒクスト厩舎の専属騎手として契約してましたが、来年もヒクスト厩舎の一番手騎手になる予定ですか?

スボリッチ:それはヴァルデマール・ヒクストがご自身で決めるでしょう。私の側からはっきりしているのは、彼が私にとってドイツ国内での最初の伝だということですが、しかしまだその件については時間があります。

GaloppOnline.de:あなたが抜けた後、ヒクスト厩舎ではアレクサンダー・ピーチ騎手が大きなチャンスを得、その期待に大きく応えました。ピーチ騎手との関係はどうなりますか?厩舎内でのあなたの役割は?

スボリッチ:ヒクスト厩舎での今後のアレックス(註:ピーチ騎手)の役割については、私が決めることではありません。私たちは仲間として一般的に普通に接するだけです。

GaloppOnline.de:馬に乗っていなかった間、一番気に入っていたことは何ですか?

スボリッチ:馬に乗ることです(笑)

GaloppOnline.de:今年あなたはバーデン・レーシングで活動してました。ドイツで一番の競馬場のための活動を2011年も続けるのですか?

スボリッチ:予定されていた活動は、もちろん引き受けられません。しかしこの過程で、アンドレアス・ヤコブス、パウル・フォン・シューベルト、ラールス・ヴィルヘルム・バウムガルテン、セバスティアン・ヴァイスの各氏には、そのチャンスと信頼に心から感謝したいです。今後もバーデン・レーシングとは良い関係を保っていくつもりですし、何かしらの形で素晴らしく進行中のプロジェクトを支援していきたいです(註:バーデン競馬場は運営団体が今年破産申請し、バーデン・レーシングはその後進組織として競馬場の再興を図っている)。

GaloppOnline.de:所謂「休暇中」には他に何かしていましたか?エージェントになろうとかはしていませんでしたか?

スボリッチ:それ(エージェントの試み)は全くしていませんでした。現況においてそれはとてもきつい仕事ですし。

GaloppOnline.de:調教師になろうと考えたことは?

スボリッチ:その考えはありません、全く。

GaloppOnline.de:これまで国外でも多く騎乗していましたが、今後もまた国外で乗ろうという考えはありますか?

スボリッチ:はい、それはあります(英語で笑いながら)。おふざけは置いといて。もちろん、また国外で乗ろうという考えはあります。特に香港時代はいつも楽しかった。そしていつか再びアジアで騎手免許を取ることは間違いなく一つの目標です。

GaloppOnline.de:では、馬自体について一言。2010年で特に印象に残ったレースはどれですか?

スボリッチ:オイローパ賞でのScaloの勝利はとても印象に残っています。ZazouもG1を勝てるようなとても良い馬ですよ。あとはバーデン・バーデンのNight Magicですね。この牝馬には非常に期待してましたから、私も殆ど泣き叫んでましたよ。

GaloppOnline.de:では、2歳馬ではどうですか?2011年ドイツ・ダービーに向けてノートにメモしておくべき馬は?5頭挙げるとどれでしょう?

スボリッチ:2歳馬でまず挙げられるのはSundreamですね。彼はとてもしっかりした勝ち方をしており、2歳馬の中では既に抜けていますね。ダービーの熱い本命で、私の中では現在1番です。その次にヴィンターファヴォリート賞のSilvanerが挙げられるでしょう。彼はまだミスをしていません。間違いなく2400m馬と言えるのは、ラティボア・レネンの1、2着であるGereonとLe Peintreですね。ヴァルデマール・ヒクスト厩舎にはダービー向きのまだデビューしてない馬が何頭かいますが。こういうのはいつでもワクワクしますね!
posted by 芝周志 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2010年12月12日

リリエンタールとアンナドンナの母Anna Mondaとその牝系

 昨年の今頃ドイツ産母を持つミッションモードエイシンフラッシュについて取り上げていたので、今年もこの辺で1頭書いてみたいと思う。取り上げるのは、既に準オープンクラスで菊花賞にも出走したリリエンタールと11月府中最終日曜日に2000m新馬戦をデビュー勝ちしたアンナドンナの母アンナモンダ(Anna Monda)である。リリエンタールがそこそこ走ってるのだからさっさと取り上げていてもよかったのだが、単に間を逸したのとサボってたということで…。

 2002年生まれで2004〜05年に現役として活躍したAnna Mondaは、私自身も生でしっかり見てきた馬だ。2歳10月のデビュー戦では逃げてゴール直前に1番人気の牡馬Le Kingに交わされて2着であったが、3着がその11馬身後ろなのだから、この時点で抜けた牝馬であることは予想できる。そして3歳明け初戦の4月1200m未勝利戦ではスピードの違いを見せつけて2着Molly Artに7馬身差の圧勝で初勝利を得た。

 Monsun産駒というと、基本的にスタミナがあって重厚なチャンピオンディスタンスホースというイメージが強いが、このAnna Mondaの走りにはそういった重戦車のようなイメージはなく、スプリンターだった母父Salseの影響力が強いのかスピード能力の違いで押し切るタイプだ。それでも飛ばすだけ飛ばすというのではなく、テンの速さで先頭に立つと、中盤で淀みないペースながらもうまく息を入れ、直線でもう一度突き放すといった感じなので、その辺にMonsunのスタミナが活きているのだろう。

05Henkel-Rennen Anna Monda.jpg さて迎えたヘンケル・レネン(独1000ギニー・G2)でもその能力は如何なく発揮され、早々に先頭に立つとAnna Mondaに食いついてこられたのはQuadrupaだけで、そのQuadrupaも直線の坂で突き放されて4馬身差の2着、その後ろは8馬身離されるという引きちぎりっぷりだ。馬場は6.1の不良だったため、タイムこそ日本の1800m並だが、映像を見る限り決してダラダラしたレースではない。因みにこの時敗れた馬の中にはStacelitaの母Soigneeもいる。

 これだけ強いレースをすれば国内に留まる理由もなく、まずはフランスのG2サンドリンガム賞に挑戦する。しかしここでも逃げたものの、残り200mで完全に脚が上がり、一気に馬群に飲み込まれて7着。続いてグッドウッドのG3オークツリーSに出走したが、ここも7着に敗れた。印象としては早熟で、早々に能力を使い果たしたかに思われたが、一息入れてドイツ国内のオイローパ・マイレ(G2)に出走すると、再び1000ギニーを彷彿とさせる逃走劇を演じ、見事な復活を見せる。もっともこのレースではドイツ・マイル界を背負ってきた1頭Eagle Riseが直線で骨折転倒という悲しい出来事があり、そのライバルであったMartilloも友を思ってかその直後に脚が止まってしまい、勝ったAnna Mondaには申し訳ないが、その場にいた私には彼女のことを称える余裕がなかったことを覚えている。

 ところで私は個人的にMartilloをデビューから応援していたこともあり、彼がミラノのマイルG1、ヴィットーリオ・ディ・カプア賞に出ることになったので、私もミラノへ向かうことにした。尚、まったくの余談になるが、私は当日朝7:05発の飛行機に乗る予定だったのに、目が覚めたのが6:20で、青ざめながら荷物を掴んで家を飛び出し、タクシーを捕まえ、6:30に空港に着いてチェックイン、なんとか飛行機に乗り込んだのである。家から空港までバスで15分という立地条件だからこそ出来たことではあるが、フライト時間の45分前に起床して間に合うもんなんだなと、我ながらえらく感心したものだ。

 話を戻そう。オイローパ・マイレを快勝したAnna Mondaもミラノに向かうことになった。ただこの間に社台の照哉さんに買われ、主戦のムンドリーは黒黄のストライプ勝負服でレースに臨んだ。Anna Mondaはこれまで同様に先頭に立つと800mある長い直線の途中まで淡々とペースを刻み、残り300mを切ったあたりから仕掛け、内から追い込みをかけるMartilloを1馬身3/4差に押さえこんでG1のタイトルを手に入れたのである。個人的にはMartilloが敗れて悔しかったので、なんとなくAnna Mondaに対しては素直に賞賛できる記憶を持っていないのだが、しかし勝った内容はどれも文句をつけようがなく、彼女のスピードと最後まで潰れないスタミナは高く評価されて然るべきものだろう。

 以上がAnna Mondaの現役時代であるが、彼女の牝系ラインについても少し眺めてみよう。
上でも貼ったが、もう一度Pedigreequery.comの5代血統表をば。

 Anna Monda
 
 母Anna of Kiev、祖母Anna Matrushkaは英国産となっているが、そのまた前に遡るとしばらくドイツ産が続く。この牝系はレットゲン牧場に培われてきたAラインで、ドイツでの始祖はイタリアから輸入されたAdria。導入時の逸話でもないかと手元の資料をガサゴソ探してみたが、残念ながらこの馬に触れた記事は見つからなかった。6歳上の全姉Alenaが伊オークスを、2つ下の半妹Archidamiaが伊1000ギニーを制していることから、イタリアの良血ということになるのだろう。1930年代はフェデリコ・テシオ全盛期でもあり、イタリアから新たな血を導入するのは珍しいことではない。

 だがこのAdriaから何代かは目立った活躍馬もなく、この血統を大きく発展させたのは、Anna Mondaから4代母Antwerpenとその娘Anna Paolaになる。Antwerpenの子では牡馬のAsprosとAnna Paolaが2歳チャンピオン戦ヴィンターファヴォリート賞を兄妹制覇しており、Asprosは3歳時に独2000ギニーを2着、Anna Paolaはディアナ賞(独オークス)を制する活躍をしている。Anna Paolaの全妹A Prioriの孫にはE.P.Taylor S(加G1)を勝ったFräuleinがおり、また父にStar Appealを持つAnständigeの孫にはヴィンターファヴォリート賞とウニオン・レネン、古馬になって複数のマイル重賞を勝ったAspectusがいるなど、Antwerpenの血はAnna Paola以外を通じても現在まで豊かな広がりを持って受け継がれている。

 しかし最も優れた後継牝馬は、やはりAnna Paolaであろう。自身の直子こそ目立った活躍馬はいないが、孫の代では日本人にも馴染みのある名前が現れる。96年に来日して毎日王冠を制し、その2年後にも鳴尾記念で3着になったアヌスミラビリス(Annus Mirabilis)だ。また先ごろアメリカのフラワーボール国際Sでレッドディザイアを降しエリザベス女王杯にも来日したアーヴェイ(Ave)もAnna Paolaに繋がる牝系である。その他にも重賞勝ち馬は少なくない。

 改めてAnna Paola自身の血統に目を向けると、父Prince Ippi、その父Imperialというのが眼を引くところだろう。Prince Ippiは3歳でオイローパ賞に勝ち、古馬になってイタリア大賞(当時G1格、現在準重賞)を制した馬である。そしてその父Imperialはハンガリー馬で、25戦20勝、母国ではダービー、セントレジャーを制し、オーストリア、チェコ、旧東ドイツでもその強さを誇ったあと、西ドイツにも遠征、いくつか勝ち負けするも、ハンザ賞をレコードで制したことは、当時の西ドイツ人たちにも強い衝撃をもって受け止められた。Imperialはその後70年代前半、ハンガリーのリーディングサイヤーとして君臨している。このようなハンガリーの血を入れて成功させたのは実にレットゲン牧場らしい。レットゲンといえば、ハンガリーの歴史的名牝キンツェム(Kincsem)の牝系を、Wラインとして現在も引き継いでいる牧場として知る人ぞ知るところである。遡ればAnna Mondaにも、そういったレットゲンらしいハンガリーの血が注ぎ込まれているということだ。

 さて、すっかりレットゲンの血統として話をしてきてしまったが、Anna Monda自身の生産牧場はブリュンマーホフ(Gestüt Brümmerhof)である。この牧場自体は1989年からサラブレッド生産を始めた若い牧場で、基本的にオーナーブリーダーとして自家生産馬を走らせるより、セリで売る方に力を入れている。しかしAnna Mondaの活躍から、オーナーブリーダーとしても重賞に顔をよく出すようになっている。サイトのトップも今もってAnna Mondaだし、この馬が牧場にとって大きな転機をもたらしたといえるのだろう。Anna Mondaの母Anna of Kievは上でも触れたとおり英国産で、祖母Anna Matrushkaのときにレットゲンが英国へ放出したようだ。Anna of Kievはブリュンマーホフ牧場が英国から購入、その血を再びドイツに戻したものである。しかしながら、Anna Monda以前にこれといった活躍馬を出さなかったため、彼女が1000ギニーを勝つ前年、タタソールスのセリに出され、5000ユーロでアゼルバイジャンへと売られてしまった。現在Anna of Kievの子は牧場に残っていないので、照哉さんが提示した金額に目が眩んで、牧場の基幹牝馬と成り得る馬を放出してしまったといえなくもない。もっともブリュンマーホフ牧場がMontjeuやGalileoをつけることが出来たかどうかは分からないが。

 といった感じで、リリエンタール、アンナドンナの母Anna Mondaについて知ってること、ざっと調べてみたことをダラダラと書き連ねてみた。取り敢えずカタカナ表記の「アンナモンダ」ってのだけみて、「変な名前!m9(^Д^)」ってのはやめてね〜。
posted by 芝周志 at 23:08| Comment(1) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2010年11月05日

「ドイツ競馬史」を書こうとすると…

「ドイツ競馬史でも書きませんか?」

 有難くかつ興味深い話だ。書けるものなら是非書きたいという気持ちではある。だがどれくらいの原稿枚数で、いつまでに書くかというのはまるで決まっていない。ただ「ドイツ競馬史」という大枠があるだけである。一体どの程度の量で、どんな構成で書くべきか、今のところ殆ど見当が付いていない。しかし締め切りが決まっていないからといってだらっとしてると、多分永久にまとまらない気がするので、だらっとなりに思い浮かぶ観点をいくつか考えてみよう。

 まずご依頼主が密かにご所望されていると思われる血統史というのは、私には書けない。単純にその力量がなく、とりわけ配合史という観点になってはまったく分からないし、そもそも私が書く必要性もない。血統に詳しく拘っている方が血統表と生産者名を繋ぎ合せながら、飽くまで配合としての馬作りの思想と実践を紐解いていただければよいのだ。それでも血を繋いでいく馬産という意味で、独自血統を育てる牧場史という観点なら、私なりのアプローチは多少出来るかと思う。

 ということで一つ考えられる構成方法が、いくつかの伝統ある著名牧場の歴史を並列的に描くものである。プロイセン王立のグラディッツ牧場、現存する個人牧場最古参のシュレンダーハーン牧場、名繁殖牝馬Festaを英国から輸入して20世紀ドイツ馬産の大きな礎を築いたヴァーンフリート牧場、Nereideを産んだエーレンホフ牧場、その他レットゲンやツォッペンブロイヒ、戦後に開業して大きくなったフェーアホフやイットリンゲン等、それぞれの牧場の歴史を描くことで、ドイツの馬産史というものが複合的に見えてくるはずだ。但しこの構成方法だと、時間の流れを行ったり来たりすることになるため、大きな流れでの発展史としては描きにくい。同じ意味で名馬列伝も同様の困難を伴う。

 競馬興行の歴史という観点では、それなりに1本の流れを作り出せる可能性はある。だがドイツの場合、案外それも一筋縄ではいかないところがある。なぜならドイツ競馬の黎明期にドイツという国家がなかったのだから。現代のドイツという括りではオーストリアは除外されるが、19世紀ではハプスブルク帝国は「ドイツ」という曖昧な概念の重要な構成要素で、そこにはドイツ語圏でないハンガリーも含まれる。またバーデンやバイエルンといった南西ドイツの中規模国家では、必ずしもプロイセンを中心とした北東ドイツとは歩を合わせた発展をしていないし、少なくとも1871年のドイツ第二帝国成立までは複数の流れを捉える視点が必要だ。また第一次大戦終了までオーストリア・ハンガリーは、なおも大枠としてのドイツ競馬の一要素として捉えておく必要はあると思う。

 むしろこうした複眼的観点によってドイツの馬産と競馬の歴史を捉えることで、競馬を通じたドイツ史が描かれることになるのではないかと考えている。だがそれはなかなかに大胆な試みだ。一端の文化史を描くことになるのだから。ただそうなると、そもそもこのような文章の読者層の期待に応えてるのかどうかが怪しくなる。少なくとも直接馬に携わる人たちにとってはあまり興味のない話になるのではないかと。所詮私は元々が歴史屋崩れだから、結局のところ書斎派競馬層向けにしか書けないのだろう。

 しかし上にざっくり書いたものは、どう考えても1冊の本レベルの内容量になってしまう。共著としての1章とか、実は原稿用紙10枚程度のコラムでしたってことになれば、当然こんな大仰な話は出来ないわけで、その場合の「ドイツ競馬史」は、何か切り口を一つ設けて書くような感じになるのだろう。面白い文章になるかは、その切り口次第。しかし妙にキャッチーな切り口を設けて、ドイツ競馬というものに中途半端な色を付けてしまいたくはない。これまた書き始めるまでが難しくなりそうだ。

 まあ何にせよ、きっちりした内容のものを書こうと思ったら、まずは積読状態の我が家の文献類を読み込んでいかないといけない。しかし当たり前の話だけど、日本語で本を読むよりはるかに時間がかかるわけで、実際の執筆までかなり長い道程になるだろう。まずは原稿用紙50枚程度の時系列的な薄い歴史を叩き台として書いてみるのも手ではありが、はてさて、この冬の間に出来るかな?どうかな……?
posted by 芝周志 at 00:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感

2010年10月14日

八幡平で紅葉・自然撮影

 南部杯マイルチャンピオンシップに合わせて今年も盛岡に行ってきた。ただ、今年は日帰りではなく、前日朝に夜行バスで盛岡入りし、紅葉撮りを楽しむことにした。競馬写真仲間のT氏が最近競馬よりも自然撮りにはまっていて、彼も行くというので(T氏は更に1日早く現地入り)、レンタカー便乗で一緒に廻ることにしたのである。

 宿泊、及び撮影は盛岡から岩手山の北側に回った八幡平で、今年は夏が長引いたせいで紅葉は例年より遅れているということだったが、八幡平アスピーテラインや樹海ラインを登った山の中腹付近では程よく色づいていて、とてもよい景色を堪能することが出来た。日曜日は基本的に霧雨が降っていたため、撮影コンディションとしては必ずしもよくなかったものの、濡れた景色というのもまた乙であり、虹や雲海にも出会えたのは、むしろ雨天ゆえの絶好の撮影日和だったともいえる。

 私にとっては初めての気合を入れた自然撮影で、なにかと要領を得ないところが多かったが、自然撮影を熱心に勉強中であるT氏のアドバイスもあり、初回としてはなかなかよい撮影が出来たと感じている。それゆえ備忘録の意味でも、今回の撮影をいくつか振り返ってみたい。

 基本撮影機材は以下のとおり。

◆ボディ: CANON EOS 7D
◆レンズ:
 SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM
 CANON EF200mm F2.8L II USM
◆三脚: SLIK スーパーイーグル



 八幡平アスピーテラインで後生掛温泉方面へ向かう途中の景色。霧雨が舞っていて森の上方は霞んでいるものの、木々が色とりどりに色付いていたので、車を止めて撮影。競馬場では緑と青空を映えさせるため、大抵ホワイトバランス(WB)は「太陽光」、ピクチャースタイル(PS)を「風景」にしているのだけれども、紅葉撮りの場合は赤みを鮮やかにしたいので、WB「くもり」、PS「ポートレート」にしてみた。フォトショでコントラストを若干強めているが、本来靄ってしまう風景で、それなりに木々の色合いは拾えたんじゃないかと思う。

 因みに私はフォトショで調整することにそれほどの躊躇はない。RAWで撮った場合はWBを調整できるのがそもそもの強みであり、コントラストも含めフォトショで調整することで、被写体の持っていた魅力をより再現できるなら、それでいいではないかという考えだ。またPC画面で画像を大きくして微調整することで、次の現場での撮影のための勉強にもなる。いずれにせよいじり過ぎると不自然になるから、基本的にWBの見比べと、多少のコントラストの強調とシャープ化だけ。また望遠で寄り切れなかったものに関しては2割程度まではトリミングすることもある。



 苔の碧をもう少し強調するならPSを「スタンダード」か「風景」に変えた方がよかったかもしれないが、主役は飽くまで落ち葉の方にしたので、枯葉色はこれの方が出たんじゃないかと。EF200mm/F2.8を付けると競馬場ではシャッタースピードとぼけ味を出すために思いっ切り開放にする癖が付いているのだけど、ここは中央の落ち葉全体がクリアになりつつ周りをぼかすという感じでいくつか絞りを調整して、F5.6が結果としてうまく収まったかなと。落ち葉に付いた雫ももう少し際立ったら綺麗なのだろうけど、それにはマクロレンズが必要になるのだろう。



 後生掛温泉を過ぎたすぐ先の大沼にて。降ったり止んだりだった中で晴れ間が覗いた時に撮影。空の青さをある程度拾いたかったので、WBは「くもり」のままだけど、PSを「風景」に変えた。結構明るくなったのでISOを100にしたのだけど、被写界深度をとるためF14まで絞ったらやはりシャッタースピードがかなり遅くなったので、三脚を使う。でもISO400くらいまでならそれほど画質を気にするものではないから、手持ちでも撮ることは可能なレベル。



 八幡平樹海ラインを温泉郷方面へ引き返す途中で虹に出くわす。雨と隣り合わせの撮影だからこそ出会えるラッキーだろう。とはいえ、虹が出ている時間は僅かなものだから、虹が見えたと思った瞬間に車を止めて撮影開始。しかし虹と空と森とで適正露出が全く異なり、とにかくいろいろ設定を変えながら撮りまくる。結果として森の色合いを同時に出そうとすると空に対しては露出過多になり、虹は薄くなって、空も白飛びしてしまうため、虹を強調するためには、やはり森が黒く潰れるのも致し方ないというもの。因みにシャッタースピード1/1600秒なんてもちろんいらない。もっと絞ってシャッタースピード遅めてもよかったのだろうけど、とにかく虹が消えてしまう前に露出を調整していたから、偶々この設定でこの明るさになったということだ。この辺も経験による勉強と。



 これも八幡平樹海ラインを走っている途中で出会った光景。雲海が眼前に広がる様は実に素晴らしかった。そういう目で見た感動をどこまで写真に収められるかというのが、謂わば写真撮りの腕の見せ所となるのだろうけど、まあさすがに難しい。設定としては虹と同じように空や雲を強調すると森が黒潰れし、森の緑を拾おうとすると空が白飛びしてしまう。ただこの光景では森にかかる雲が重要なので、森を完全に潰すわけにはいかず、鮮やかさには欠けるもののうす暗く森の雰囲気を残しながら、それを覆う雲を形取った写真になった。もちろんあとから結果としてこの1枚を選んだのであり、他に暗すぎたり白飛びしてるのを何枚も撮ってますよ(笑)



 朝焼けを撮るために朝4時に起きて八幡平樹海ラインに向かったのだが、まだ雲が多く空を覆っており、八幡平の山頂付近は雨が酷かったので、急いで止んでいるところまで引き返し、パノラマが広がるところで空の変化を撮っていた。そうしたら岩手山の山頂を覆う雲とそこから降り注ぐ雨に陽光が差し、なんとも鮮やかに輝きだした。まるで空から光が降り注ぎ、山を溶かしていくような感じになったのである。これはいいものを見させてもらった。カメラの設定はとにかくあれこれ変えながら撮りまくり、一番バランスよく落ち着いたのがこんな感じだ。もう少し露出をマイナス補正すると光の存在感が際立つのだろうが、私はこんな感じに山の色合いも残っている方が神秘的な気がするので、空は白飛び勝ちだがこれでいいかなと。



 これは山の稜線にズームして、光が山肌を照らす様子を撮ってみたもの。もうちょっと光にコントラストがあったら荘厳な感じもでるのだろうが、取り敢えずこれはこれでといった感じ。尚、この写真を撮るに当たってはEOS 7Dの持つライブビュー機能がとても役に立った。コンデジだと背面のライブビューを見ながら撮るのは当たり前だが、一眼レフでこの機能が付いたのはキヤノンの中級機以上だと7Dが最初だ(訂正:1D Mark IIIや50Dにも付いてましたね)。こういう景色だとAFの焦点が合いにくいので、ライブビューで見ながら焦点付近を拡大し、マニュアルで焦点を合わせた。この機能は接写のときにも使える。

 この他にもいくつか挙げてみたいものはあるが、さすがに冗長になってきたのでこの辺にしておく。

 その他の写真はこちら

 週末はどうしても競馬撮りばかりになってしまうが、やはり時には思い切って自然撮りに行くのも楽しい。また時々チャレンジしてみたいと思う。
posted by 芝周志 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | カメラ・写真

2010年10月01日

コンデジで挑戦〜反省会〜

 ちょいと遅くなりましたが、先週25日(土)に挑戦した中山でのコンデジ撮影の結果について気づいたところをば。

 使ったデジカメ、及び基本設定は以下の通り。

機種:CANON Powershot A520
記録画素数:2272×1704画素
ISO:50固定
焦点距離(35mmフィルム換算):35-140mm
連写機能:使用なし
測光方式:スポット測光(中央固定)
ホワイトバランス:プリセット(太陽光)

 前回も書きましたが、ISOは50から1段でも上げると画質に即影響するため、シャッタースピードが遅くなっても上げずに撮るつもりでした。当日は昼頃まで雲がかかっていたものの、幸い午後には快晴となり、ISOを気にする必要はありませんでした。コンデジ撮影としては、最高の条件に恵まれたと言っていいでしょう。その代わり悪条件での撮影は殆ど試せなかったので、今回は飽くまで光量を十分に確保できる環境下でのチャレンジということになります。

 まず、まだ雲がパドック上空を覆っていた6レース新馬戦のパドック。



 広角撮り。ホントは被写界深度をもう少し稼ぎたかったのだけど、これ以上シャッタースピードを落とすのは取り敢えず避けたかったので、F4.5で。しかしこれでもまずは無難なところかなと。

 但し、やはりAFが甘いのが多かったですね。特にズームにすると、動いているときは上手くいってもこれくらいです。



 AFサーボがなく、毎度ワンショットAFで撮ってるから、馬を追うコツを掴んでピントの甘さを克服するしかない感じですね。

 しかし7レース以降はすっかり晴れて、パドックにもきれいな秋の日差しが差し込んだため、ズームで寄ってF5.5にしても、1/800秒までスピードを稼げ、AF精度も高まり、これくらいくっきりとした写真も撮れました。



 ただワンショットAFゆえの典型的な失敗パターンとして、シャッターを押してから実際に撮影されるまでに、ピント合わせの一拍が入ってしまうため、以下のように顔がフレームから切れてしまうような写真を量産してしまいました。



 これもカメラ性能に依存した解決策はなく、フレーム内に常に収めながら馬を追うテクニックを再三撮影することで掴んでいくしかないでしょうね。しかしその辺は慣れの問題とも思うので、克服までにそれほど時間がかかるものではないでしょう。

 コンデジの手軽さを活かした撮り方としては、思い切って柵の下までカメラを下し、広角で目暗射ちしてみるのも面白いです。4、5回試し撮りすれば大体の理想的角度は分かります。天気の良い青空を入れながら広角であおるように撮ると、こんな感じの写真になります。



 ゴール前写真や返し馬はさすがに厳しかったです。返し馬ですら以下のとおりで、レースについてはワンショットAFの問題も含めて、タイミング良くフレーム内に収めることが難しかったです。



 この点も慣れである程度克服することは可能でしょうが、いずれにせよ一眼望遠ほどの対応力はなく、絵としてきれいにまとまった写真を撮るには偶然に頼る部分が多すぎると思います。コンデジの得意分野ではないと割り切って、他のイメージを探した方がいいでしょう。

 結局競馬場でコンデジの能力を引き出すには、広角メインに景色としての描写に凝った方が良いのではと思います。この日の午後はきれいに晴れたため、そういった景色として撮るには絶好の条件となりました。

 4コーナーからの撮影ですが、柵からカメラを外へ出して、モニターを斜めに覗きながら柵沿いの観客をフレームから外し、斜めに広がるターフと空の雲を返し馬のタイミングに合わせて撮って見たのが以下の写真です。



 好きな馬を撮りたい人には、こういう景色写真は無用かもしれませんが、こういう場面の中に自分の好きな馬が写っているのも素敵でしょう。そこは写真撮影が単調にならないように、工夫してみる範囲のもとの思います。

 ただ、馬を間近に撮るなら、やはりパドックでの撮影慣れをするのがいいのでしょうね。その場合はやはりまずワンショットAFのピント合わせのタイミングと、フレーム合わせる馬の追い方を覚えるのが肝心でしょう。天気が悪く光量が少ないと、AFの測光が甘くなるのは否めません。これはシャッタースピードの問題ではないため、感度を上げて解決するものではなく、馬を追いながら如何に測光ポイントを1点に会わせ続けられるかになるのでしょう。

 それでも冬の中山とかは、パドックも最初から光が少なくなってしまうでしょうから、シャッタースピードと相談しながら、まずは出来るだけ絞りを開放にして明るさを確保し、ISOを上げるのは最終手段という感じで攻めることになるのだと思います。

 それにしてもこれだけ好天に恵まれたため、結果としては楽しい撮影が出来ました。コンデジ派の人たちにも、コンデジの長所を活かした撮影を楽しんでもらえればと思います。この記事が多少の参考になれば幸甚かなとw
posted by 芝周志 at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | カメラ・写真

2010年09月21日

コンデジで挑戦

 大変ご無沙汰いたしております。数少ない読者の皆さま、残暑続く中ご機嫌如何でしょうか?ドイツの皆さまには、もう随分秋の気候になっていることでしょう。

 いやはや毎度のこととはいえ、ブログの更新が気まぐれ過ぎてすみません。しかしドイツ競馬の話題も、最近は重賞レベルで関心ある人はレーポスのサイトで結果詳細くらいチェックできるし、ここの独自性も薄れてはいるよなあと思う今日この頃です。というか、ブログに書く前におふざけしながらツイッターで適度に喋っちゃってるので、ここに書くネタがなくなるというのがあります。

 しかしながらツイッターから触発されるものもあり、今日はドイツ競馬についてではありませんが、カメラネタで思い立ったことをば。

 そういやここには書いてませんでしたが、5月にEOS 1D Mark IIをぶっ壊した後、7月にEOS 7Dを買いました。最新機種とはいえまたAPS-C機に逆戻りで、微妙な気持ちのリニューアルとなりました。とはいえ今のところ折り込み範囲でのボディ性能には不満はなく、撮影自体も30Dよりは明らかに快調で、Mark IIより連写持続時間が長くなった分、直線撮影での安心感があります。ただ400mm/F5.6に1.4倍エクステンダーを付けられないので、Mark IIとの対比においてスタンドからの撮影だとどうしても被写体まで遠くなってしまうのが一番の不満なのですが、それはもう仕方ないわけで。

 そんな感じで先々週末から始まった中山開催で7Dを振り回しているのですが、ツイッターの競馬クラスタではこの夏に一眼デビュー、またはボディのランクアップを図った人も少なくなく、競馬写真班も活況著しい状態となってきました。以前からの競馬写真を撮ってる者としては仲間が増えて嬉しい半面、自分なりのオリジナリティを維持するため、それなりにプレッシャーを感じてきている次第でもあります。

 一方そんな中、実はコンデジで競馬写真を撮ってる人たちから、どことなく溜息混じりの声が聞こえてきています。コンデジでは一眼に敵わないよと。確かにコンデジで一眼並みの写真が撮れれば、わざわざ高いお金出して機材を揃える必要はありません。自分もだからこそ一眼にお金を注いでいるわけです。

 しかし本当にコンデジだと一切一眼に太刀打ちできないのか?

 もちろん太刀打ちできない写真はあります。私が400mm/F5.6や200mm/F2.8を使って撮ってるゴール前写真なんかは、やはりコンデジでは無理です。200mm/F2.8を使ったパドック写真で、馬のアップと背景ぼかしみたいなのも難しいでしょう。でもある程度広角にした場合は、構図的な差は特になくなります。またコンパクトであるからこそ可能な機動力もあるでしょう。その辺は工夫次第なんだと思います。

 しかし私を含めた一眼班が言ってみたところで、結局一眼持ちは毎度一眼で撮りまくってるわけですから、所詮口先だけに過ぎません。その辺の無責任さに鈍感にも今頃気づいて、ならば自分もコンデジで勝負しなきゃダメじゃないかと、昨夜突如として自分に責めを感じ始めました。となればやるしかないでしょ。おっさんとしては。

 さすがに重賞レースは自分の全力全開で撮りたいので一眼にしますが、来る25日(土)の中山は得にこれといったレースもないので、純粋にコンデジでの撮影に挑戦してみるにはよさそうです。

 因みに私の所有しているコンデジは、5年前に買ったCANON Powershot A520です。400万画素で、望遠は35mm〜140mm相当。絞りはF2.6〜5.5です。感度はISO50からありますが、100から早速画質が酷くなります。普段は50のまま。連写機能はありますが、1枚/1秒で何の役にも立ちません。

 いつもは仕事用バッグに放り込んであって、時々目について撮りたいものを撮るといった使い方をしてます。最近仕事帰りに撮ったものはこんなのですね。

夕映えの佃島


 どうしても夜に使う機会が多くなってしまうのですが、こういう店内のさりげないのにはコンデジの機動力が活きます。

酔っ払い牧師に連れて行かれた新神戸近くのショットバー


 ドイツで撮ったものですが、やはり店内での食事写真をさりげなく。

Fassbenderでオサレな朝食を


 では競馬場ではとなると、日本ではまだ一度もコンデジで撮ってないので、まだ慣れない頃にドイツで撮ったもので。レースやパドックは一眼を使ってたので全然残ってませんでしたが。







 とまあこんな感じが自分で把握しているPowershot A520の能力ですが、このコンデジで中山での撮影に挑んでみようと思います。多分いきなり自慢できるようなのは撮れないと思いますが、まずはいろいろ可能性を試してみたいなと。

 反省含めた結果は報告いたしますので、どうぞよろしくです。
posted by 芝周志 at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | カメラ・写真