2014年11月21日

ドイツからWSJSに参戦するデフリースのフルネーム


 みなさま、毎度お久しぶりです。

 来週末のジャパンカップ、アイヴァンホウの参戦で2011年のデインドリーム以来のドイツ馬来日となり、いつもよりも撮影への緊張感が高まってます。またそれだけでなく、アイヴァンホウをバーデン大賞とバイエルン大賞という2つのドイツ国内G1勝利に導いたパートナーとしてミナリクも共に来日ということで、久しぶりにフィリップに会えるのが楽しみでもあります。ドイツ馬は国外に出走すると英仏のトップジョッキーに乗り替わることが多く、ミナリクも大抵国内限定でしたからね。当人は私のことなど覚えてないだろうけど、実はドイツにいた頃、パドックから本馬場へ向かう彼にドイツ語で「頑張れよ〜」と声をかけると、馬上から「サヨナラ〜!」と返してきて、「おい!帰れってか!」とアホな漫才で観衆を笑わせたりしてました。基本的に陽気なキャラで、客受けもいい騎手です。

 そしてもう一つ今回私をウキウキさせているのが、WSJSへのデフリースの参戦。オランダで12回のリーディングを経てドイツに主戦場を移してきた経緯から、彼にはちょうど似た時期に笠松から中央に移籍したアンカツさんのイメージが重なったりしていたものです。特にオランダのプッベン厩舎からドイツの重賞で活躍していたスプリンターLucky Strikeとのコンビは彼を語る上で外すことが出来ず、同馬がケルンのA.トリブールへ転厩してからもデフリースとコンビは続き、結局G3を独6勝、仏G3を1勝、モーリス・ド・ゲスト(G1)でも5着という成績を残し、ドイツのスプリント界に一つの時代を築いたといえます(因みにドイツにはスプリントG1がありません)。個人的には2着へ降着となった2005年のゴルデネ・パイチェ(G2)が思い出深く、翌週の開催で「先週は残念でしたね。」と声かけてこの写真にサインしてもらったときの彼の苦笑いが忘れられません。

 さて、ここでタイトルにも掲げたデフリースのフルネームの話に入りますが、実はJRAから発表された彼の名前を見て「んんん?」となったのです。

http://www.jra.go.jp/news/201411/pdf/111701_07.pdf

 アーノルダス・デフリース?

 ドイツでは普段アドリー・デフリース(Adrie de Vries)の呼び名で通っており、彼の出身地オランダのウィキペディアをチェックしても「Adrie」の記載しかないので、「アーノルダス(Arnoldus)」とはどこから出てきたんだと疑問に思ったわけです。もっとも「アドリー(Adrie)」とはいかにも短縮したニックネームっぽいので、フルネームはちゃんとあるのだろうとは推測出来るのですが、「アーノルダス(Arnoldus)」が「アドリー(Adrie)」というのはどうにも不自然。てなわけで、ドイツの競馬掲示板に超久しぶりに書き込んで質問したら、常連さんから早速回答をいただきました。

 デフリースのフルネームは「Adrianus Arnoldus de Vries 」です。フルネームが記載されいる記事も教えてもらいました。→こちら

 「アドリー」は「アドリアヌス(Adrianus)」のほうを略した愛称ということですね。JRAは何故「アドリアヌス」を省いてしまったのか。

 なんにせよ日本の競馬ファンのみなさん、来週彼に声援を送るときは是非「アドリー」と呼んであげて下さい。

 また、アイヴァンホウ騎乗のミナリクは「フィリップ・ミナリク(Filip Minarik)」。こちらは気軽に「フィリップ」と声をかけてあげましょう。

 それからついでに、既に日本でもお馴染みとなったドイツ人騎手シュタルケ。JRAの公式でも日本語版ウィキペディアでも「アンドレアシュ・シュタルケ」になってるのですが、アルファベットで書かれた彼の名前をよく見てください。「Andrasch Starke」になっています。「r」と「a」の間に「e」がありません。これでは「アンドアシュ」とは読めないのです。彼のファーストネームの本当の発音は「アンドラッシュ」です。なんで「レ」になってしまったのか不思議で仕方ないですよ。しかし客席からの声援は最早すっかり「アンドレ〜!」になってしまっているので、日本ではもうそういうニックネームってことでしゃあないのでしょうが。

 という感じで、JRAの公式表記であっても実際には怪しいものもあるので、人物の名前ですから、出来るだけ正しい発音に近いほうや、当人にとって馴染みのニックネームで呼んであげられたらよいなと思います。これを読まれたみなさんも、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by 芝周志 at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬その他

2010年07月04日

君に送る言葉 〜 ありがとう、オグリキャップ

 正直に言おう。君は僕にとって最初は悪役だった。

 1988年の日本ダービーで大学の悪友に誘われサクラチヨノオーの単勝馬券500円を買った時から、僕の競馬人生は始まった。しかし何の予備知識もない僕が次に意識したレースは、その2週間後のG1宝塚記念だった。その間の日曜日に行われていたニュージーランド・トロフィーのことなど気付く由もない。地方からやって来た芦毛の若武者が、7馬身差のぶっ千切りで中央4連勝目を果たしていたなど、僕は全く知らなかった。宝塚記念で僕は芦毛の苦労馬タマモクロスの単勝を500円買い、2度続けて賭けた馬が勝つ喜びを覚える。

 とはいえ、その時の僕は所詮駆け出しの競馬者。面白いのはG1だけで、特に夏の間は敢えて見ておく必要もないもの判断し、一旦競馬を忘れれていた。再び気持ちが戻ってきたのはようやく秋の天皇賞のときだ。即ち、高松宮杯、毎日王冠で(旧齢)4歳馬にして古馬を捻ってきた君の活躍などまるで気付きもせず、僕に競馬への扉を開いた春の2頭のうちダービー馬が長期休養から出てこないとなれば、応援するのは必然、タマモクロスということになった。当時存在した単枠指定で僕のヒーローと人気を分け合う君は、僕の目には単なる成り上がり者の悪役に過ぎなかったのだよ。

 君より1年先輩の彼は、成り上がりの若造である君を返り討ちにし、続くジャパンカップでもアメリカ馬ペイザバトラーとの攻防で君に主演の座を与えるような隙を与えなかった。僕にとって芦毛のヒーローは紛れもなくタマモクロスだった。

 だから引退の花道である有馬記念で彼が君に敗れたときは、かなり悔しかった。だが同時に、彼から芦毛色のバトンを渡された君は、容易に他の馬に負けてはならない存在になったと、勝手ながらに思わせてもらった。

 翌春は故障で棒に振ってしまったが、復帰したオールカマーでの楽勝は当然として、春の天皇賞と宝塚記念を勝ち秋も主役の座を狙おうと現れたイナリワンとの攻防を制した毎日王冠では、タマモクロスを破ってきた君のプライドを強烈に感じさせてもらった。そして続く天皇賞(秋)でのスーパークリークへの惜敗、マイルチャンピオンシップでのバンブーメモリーとの鼻差の勝負、連闘で臨み世界レコードとなった猛烈なジャパンカップでホーリックスを僅かに捕え切れなかった悔しい2着。君が繰り広げたそれらの死闘は、僕の中でタマモクロスの後継としての君の位置づけを完全に消し去り、君こそが僕にとっての競馬となった。

 決して格好いいわけではない。少し潰れたような無骨な顔。どちらかというとまだ黒っぽくて綺麗とはいえない芦毛の姿。走り方だってまったくエレガントではない。君はいつだって荒々しくゴールへ向かって走りこんでくるのだ。そして、人も馬も威圧するような強い意志と力がほとばしった目。僕のとある友人が言った。「あれはもう人の目だよ」と。

 有馬記念ではもう君しか見ていなかった。だから君が初めて力尽きたように敗れた姿は悲しかった。だが誰もが分かっていた。あの秋の無茶なローテーションで、しかもその全てで死闘を繰り返してきたあとでは、どんなすごい奴だって余力は残ってないことを。でも悔しかった。君が自分の力を出し切れずに負けてしまったのが悔しかった。君はこんなんじゃないはずだ。そして翌日のスポーツ紙に君が涙を流している写真が載った。僕たちは誰よりも君自身が悔しがっていることを知った。やはり君は君だった。

 翌春、安田記念で快勝したときはさすがだと思ったよ。でも宝塚記念でどこか歯車が狂いだした。そして秋。君の中から何かがポロリと落ちてしまったようだった。天皇賞(秋)、ジャパンカップ、そこには昨年、一昨年に見ていた荒々しい君がいなくなっていた。燃え尽きてしまったのか……。ジャパンカップのあと、僕は連複で遊んだ馬券を当てていたにもかかわらず、府中の芝を見つめながらどこか虚しい気分に陥っていたのを覚えている。

 1990年12月23日有馬記念。中山競馬場には18万人以上の観衆が集まっていた。僕もその中の一人だった。馬券は前日のうちに後楽園のWINSで買ってあった。この年の4歳馬メジロライアンとホワイトストーンも好きで、君の引退後を担うのは彼らだと思っていたから、それぞれの単勝と複勝を500円ずつ買った。そして僕を決定的に競馬へと結びつけてくれた君との別れを記念し、単勝8番の馬券を1000円買った。思えば単枠指定のないジャパンカップを除き、僕が君と出会ってから初めて君がその単枠指定から外された馬券だった。でもそんなことは関係ない。僕は君と出会った証を残しておきたかっただけなのだから。確かサンスポで高橋源一郎がハートマークというふざけた印を付けていたけど、君の単勝馬券を買った人の多くはみんなそんな気持ちだったにちがいない。

 君の最後のゲートが開いた。僕は後ろのからのギューギューとした圧力に押されながらも、安い一眼レフカメラを持って坂の途中の埒にしがみ付き、君の最後の姿を追っていた。

 最終コーナー、僕はあの瞬間を今でも覚えている。「ただ無事に帰ってきてくれればいい」、そう思っていた自分の意識があっという間に消し飛び、外を回って先団に向かってきた君を見て、「オグリが来た!オグリが来たっ!」と叫んだのだ。言い知れぬ胸の高鳴り。僕はカメラを構え、君だけを目掛けてシャッターを切った。そして僕の前をとおり過ぎるとカメラを下ろし、僕が次世代を期待したメジロライアンとホワイトストーンが迫りくる姿にも興奮しながら、君に向かって「オグリ頑張れ!頑張れーっ!」と必死に叫んだんだ。

 そして君は勝った。最後にもう一度、君は僕の知っている君を見せてくれた。恥ずかしながら、僕の目は明らかに熱くなっていた。こんなに涙もろかったっけかと、頭の隅にいる冷静な自分が苦笑いしながらも、僕は目頭にこみ上げる熱いものを押さえ切れなかった。

 1月の引退式。僕は現場には行かなかったが、写真で君の姿を見たとき、君の毛色が驚くほど白くなっていて、ああ終わったんだなと実感したよ。

 種牡馬としての君は結局振るわなかった。血統的に三流とは最初から言われていたことで、そのような結果は冷静に受け止めていた。と同時に、つくづく君は心だけで走ってたんだなと再認識したよ。そういう意味で君は、血統のスポーツとしての競馬の常識をも打ち破っていたんだな。どの馬の仔でも、どの馬の親でもない。君は紛れもなく君なんだと(まあお母さんのホワイトナルビーの血は認めるけどね)。

 君が怪我でこの世を去るというのは、なんとなくらしくないなとは思う。最期を痛い思いで迎えたのは辛かったろう。どうか安らかに眠ってくれ。

 競馬を始めた最初に君と出会えて本当によかった。これまで多くの馬を見てきて、もちろん君のような奴とは一度も出会っていないし、きっとこれからも出会うことはないだろう。そういう意味で君は僕にとって一生特別な存在だ。だが、事実上君とともに僕の競馬人生が始まったお陰で、僕は競走馬たちの走る意思というものを最初から知ることが出来た。だからこれまでも、そしてこれからも、競走馬たちとの出会いを繰り返し楽しむことができる。

 だから心を込めて言おう。

 ありがとう、ありがとう、オグリキャップ



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posted by 芝周志 at 03:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 競馬その他

2010年06月15日

独日の芝を踏みしめて ― 府中馬場開放から一考察

 昨日は春の東京開催最終日であり、最終レース後に馬場開放が行われた。当日配布の整理券1500枚は開門と同時にできた長蛇の列により1レース前にはなくなってしまった。もっとも私のように競馬クラスタ仲間のため2巡目に並んでいた人も少なからずいただろうし、前日に配布された1000枚はかなり余裕をもって配られてたようなので、出遅れずに取りにいく気持ちがあれば手に入らないものではない。

 この馬場開放という行事、今まで全く知らなくて、皐月賞後に中山でやっていたことを後から知り、悔しい思いをした。それゆえこの東京開催最終日はかなり楽しみにしていた。それは普段入れないところに入れるというお得感だけでなく、私としては何より、ドイツで踏みしめてきた馬場との感触の違いを確かめてみたかったのだ。

 ということで、まずそれぞれの写真。

東京競馬場
Fuchu
Fuchu posted by (C)芝周志


ハンブルク競馬場
070701Hamburg
070701Hamburg posted by (C)芝周志


 ハンブルク競馬場はドイツの競馬場の中でも重いほうで知られている。しかし実際のところは、1週間の連続開催で最終日のダービーの馬場が並外れて傷んでいるのが原因で、開催初日や翌日くらいは、結構早いタイムが出ている。この写真は07年のダービー当日の1コーナーであり、この年は開催初日から馬場コンディションの悪さで物議を醸していた。その馬場を自ら踏みしめた印象だと、使われてかなりボコボコしているというのは確かだが、芝が深々として脚が取られるような重さはなかった。馬場状態は5.6の重なので、土壌にはそれなりに湿り気があったのだと思う。

 また、もっともよく足を踏み入れたケルン競馬場(身近な存在ほどわざわざ地面そのものを狙った写真がなくて今更後悔)は、どちらかというと軽い馬場であり、良馬場の日など歩いていて重さを感じることなどなかった。

 さて府中の馬場である。残り300m辺りの外埒側から馬場内へ入ると、なかなか深いクッションの効いた感触が足に伝わってきた。久々に踏んだ馬場なので記憶と比較は難しいが、ケルンのイメージを思い返しても、府中のほうが硬いという感覚はまるでなかった。むしろ傷んでいない外埒側に関しては、府中の芝のほうが深いのではないかと感じたくらいである。

 さすがに内埒へ行くと傷みが多く、砂がむき出しているところも点々と存在する。しかしそれは、馬場の荒れたハンブルク競馬場も同じ。均質でない馬場上を走ればスピードが奪われ、非力な馬ではパワーを維持できなくなる。そのことに独日の違いはない。

 では独日の競馬場に違いはないかというと、そうではない。これは馬場だけでなく、日常的に踏みしめてきた土壌の感覚の違いによるのだが、ドイツ、あるいは英仏あたりも含めたヨーロッパの土壌は、日本の(少なくとも太平洋側平野部の)土壌よりも保湿性がよいのではないかと感じている。つまり、芝が根を張る地面のほうに硬さの違いがあるということだ。

 とにかく今回踏んだ春の府中の芝は青々として瑞々しく、とてもクッションに富んでいる。この芝の弾力性は、ヨーロッパのそれと決して変わらないと感じた。日本の馬場が高速なのは、芝が短く刈り込まれローラーをかけられているなんていう神話のような話が原因ではない。専門家ではないので素人判断と断った上で言うと、比較的硬い土壌の上に程よくクッションの効いた芝が敷き詰められていることで、きっと一蹴りで弾むように前へ進む幅が大きいのだと考えられる。5月上旬の府中で強烈なスピードが出ていたのは、コチコチに硬い馬場だからというのではなく、恵まれた天候によって育ち盛りの芝たちが最も瑞々しく弾力性に充ちていたからではないだろうか。

 ドイツの土壌は保湿性が高いため、曇り続きでしっとりとした冬の間に浸み込んだ水分が、春になってもしばらく残っている。そのため4月は晴れていても重めの馬場が続く。しかし5月、6月の最も天候の良い時期には馬場もある程度乾き、芝も弾力性に富むので、比較的早い時計が出るようになる。もっとも日本ほど土壌が硬くなりきらないため、スピードは日本よりも平均して落ちることになるのだろう。また日本では多少雨が降っても良馬場状態が結構続くが、ドイツではすぐに重くなる。

 兎角、欧州の馬場は重く、日本の高速馬場とはまるで違うといわれている。確かに同じではない。しかし府中の芝を踏み、ドイツの馬場の記憶と比較しても、別物と語るほど極端な違いがあるとは決して感じなかった。英愛はそもそも競馬場によって特徴がばらばらで、アンジュレーションもきついところが殆どだ。これは独仏伊と比較しても異質で、ヨーロッパとして一緒に語ることなど最初からできない。日本の競馬からいきなり対応させるのも難しいだろう。だがフランスのロンシャンなんかは、ドイツの馬場に比べれば明らかに軽い。日本のパンパンの馬場に比べれば平均して重いだろうが、やや重程度を苦にせず京都の坂を駆け上がれる馬ならば、適応できないものではないはずだ。ディープインパクトだけでなく、帯同馬のピカレスクコートだって重賞で2着に好走したのだから、臨戦過程さえきちんと整えれば、日本の一流馬なら凱旋門賞如き高い壁ではない。もともとそのように考えていたが、今回の府中馬場開放を通じて益々その思いを強くした。

◆追記
 早速ツイッターでゆたさんから受けた指摘は重要なので。

 日本は季節に応じて養生が開催日程に間に合わない芝を張り直しているので、根付き方が根本的に違うというのは考慮に入れないといけないのでしょう。それがどのような効果を生んでいるのかは自分には分からないのですが。

 ドイツではどうしているのかは、確かめたことはないので正確には分かりません。蹴って掘り返されたところに植え込むというのはあるでしょうが、しかしケルンやデュッセルドルフのように、継続的に見てきた競馬場は、特に張り替えはやってなかったと思います。ぶっちゃけクローバーも隙間に生えてたくらいで、基本的にはしっかり根付いているのでしょう。
posted by 芝周志 at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬その他

2010年05月03日

謝辞、告示と3歳馬たちへの期待

◆青葉賞オフお疲れさまでした。
 好天の青葉賞オフは当初予想より大幅に人数が増え、8人の競馬クラスタでの寄り合いとなりました。皆さんご参加ありがとうございました。さすがどなたも競馬へのパッションをお持ちの方々で、語る言葉がどれも熱い。調子に乗って自分も喋りすぎてしまったのは反省しきりなのですが、是非また皆さんの酒の勢いにも任せた熱い一家言を聞きたいなとw 

◆かしわ賞オフよろしくです。
 連休の両端に競馬オフ組んでる自分は大概な奴だと思うことしきりなわけですが、かしわ賞でお集まりの方々、どうぞよろしくです。こちらのほうが当初予想より人数が控えめになりそうなので、レース後都内へ移動して現場で店を探す予定です。秋葉原あたりを考えてるので、誰か太一騎手も捕まえてきてくださいw

◆笠 雄二郎氏のサイトに写真を使っていただいた。
 血統派の方々には言わずと知れた『日本サラブレッド配合史―日本百名馬と世界の名血の探求』の著者笠雄二郎氏とツイ友になっていただいたご縁で、前回記事で載せたトキノミノル像と旧根岸競馬場スタンドの写真を気に入ってもらい、「血統論」のページのカバー写真に使っていただくことになりました。

 笠 雄二郎 Official HP ケヤキの向こう ― 「血統論」

 こういう風に自分が撮った写真が気に入られ使ってもらえると、素直に嬉しいものです。笠さんに感謝。

◆フォト蔵アカウント開設
 また写真アップロードサイト増やしちゃったよ…orz

 フォト蔵

 広告が入り込みデザイン性もあまり好きじゃないのだけど、無料で月3GBは他にない魅力。つか、Twitterの競馬写真クラスタ面々が画像縮小なくバンバンあげているので気になってたのだが、つまりは大容量ゆえの気楽さだったわけで。しかしフルサイズで載せるのは自分はいろんな意味でちょっと躊躇われるので、横1200pxをデフォにして、メインサイトから漏れた競馬写真を無造作にアップしていくのに使おうかなと。お蔵入りしているヨーロッパの競馬写真も、時間と気分次第で時々アップすると思う。

 はてなフォトライフについては、フォト蔵を始めたことで競馬以外の写真により限定。シンプルに写真を見せるという意味ではやはりこちらのほうがいい。

 frickr!は無料200枚の限界に来ちゃった時点でストップさせてしまったが、当初はドイツ人他、海外の人たちにも見やすいようにと考えていたので、ちょっと残念な使い方しちゃったなと。もっともドイツからリピートで見に来てくれる人なんてほんの数人だし、まあいいでしょw

◆而して青葉賞
 好天でいい写真が撮れたのはラッキー。早朝から場所取り頑張った甲斐があった。表彰式後に地下馬道へ引き上げていくペルーサのアップは、早くも今年最高の1枚なんじゃないかと思っている。青葉賞のスライドショウ最後の写真なので、見てくだしあ。
 それにしてもペルーサは本当に強かった。このレースでは完全に抜けた存在で、ダービーではヴィクトワールピサと2強ということになるのだろう。どちらも大物感たっぷりだし、ダービーだけでなく古馬になっても「好敵手」と書いて「とも」と呼ぶ勝負をしてもらいたいと、今からわくわくしている。もちろん2頭ともバンバン海外チャレンジしてほしい。
 一方今回はペルーサの引き立て役になってしまった同厩同馬主のドイツ母馬っ仔たちミッションモードとリリエンタールだが、血統的にはまだまだこれから成長しそうだし、秋や古馬になってからの活躍を期待したい。ミッションモードは一旦放牧に出してリフレッシュさせてあげたほうがいいだろう。リリエンタールはまだそれほど使ってないし、福島のラジオNIKKEI賞とか使ってみるのもいいのかなと。
posted by 芝周志 at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬その他

2010年04月21日

GWにかる〜く競馬オフのお誘い

 Twitterを始めてから国内、海外、写真の競馬クラスタ諸兄には色々勉強させてもらっている今日この頃、一度オフで酒でも飲みながら喋ってみたいなと思ったので、いかかでしょうかと企画してみることにしました(もちろんこのブログだけ見ててTwitterをやってない人も歓迎)。

 以下2つの日程のうちどちらか、あるいは2、3人のミニオフでも構わないようでしたら両方で。

・5月1日(土) 府中競馬場:青葉賞(G3)
・5月5日(水) 船橋競馬場:かしわ記念(G1)

 写真クラスタの自分は、競馬場では自己中で動き回ることになるため、各自メインが終わるまではお互い適当につぶやき合って合流できるところで合流し、それぞれ見やすい場所で観戦、メインの表彰式後にゴール前等の誰でも分かるところで全員集合、最終をやるかやらないかはその場の空気で決めて、その後飲みに流れる、というイメージでおります。

 参加ご希望の方は以下の方法で挙手してください。

・本ブログ記事のコメント欄に書き込み
・Twitterで、@shibashuijiへリプライ
・以下のメアドにメール
 galopp(a)shibashuji.com ((a)は@に変えてください)

 参加挙手の際は、希望日を必ず書いてください。

 また、ご自宅が各競馬場より都心方面かどうかもお書き下さい。
 人数が少ない場合は特に店の予約はしませんが、5人以上集まりそうなら、皆さんの帰宅方向によって店を予約しようと思います。例えば府中の場合、みんな都心方向なら新宿まで出てしまおうと思いますが、反対方向や南武線の人がいれば、そのまま府中駅周辺で、船橋の場合は秋葉原辺りまで出るか、船橋駅周辺にするかといった感じです。

 一応予約するかどうかの目処を立てるため、27日(火)までにご連絡ください。

 また飲みだけ参加希望という方もOKですので、その旨で希望日をご連絡ください。場所が決まったらTwitterのDMか、メアドを下さればそちらに連絡差し上げます。

 仮に多数派の日程に合わず、「別に芝と差しで飲んでやってもいいぜ」という方がいらしたら、遠慮なく仰って下さい。私はどちらも付き合いますよw

 では、宜しくお願いいたします。
posted by 芝周志 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬その他