2009年05月28日

Adlerflug、調教中に骨折、引退へ

う〜む、残念としかいいようがない。重条件の力のいる馬場なら、英仏Gr.Iの一つか二つ取れると思ってたのに…。

Ganz ganz bitter! Deutschland Nr.1 Adlerflug vor dem Aus? (GaloppOnline.de)

26日朝の調教で、今週日曜日のシャンティイ大賞(仏Gr.II)へ向けた最終追い切りの際骨折してしまい、ニューマーケットまで輸送されて手術を受けたということだ。状況は予断を許さず、引退は不可避ながら、種牡馬として生かすため、現在懸命の治療が施されている。

生涯成績は11戦4勝。Gr.Iは3歳にダービー、4歳時にドイツ賞を制し、バーデン大賞で2年連続2着。今年はガネー賞(仏Gr.I)に出走し、追い込んでの3着であった。総獲得賞金651,290ユーロ。最終GAG100.5kg。

AdlerflugのAラインは、前回記事のSラインよりも更に古いシュレンダーハーン牧場の基幹牝系で、それについては2007年にダービーを勝った際(ヘッダの写真はその時の直線)、旧ブログに書いた。そちらも読んでもらえれば嬉しい。

ドイツダービーは、名門Aラインの勝利

【追記】

Aufatmen im Adler-Lager! Um 17:00 Uhr stand er wieder (GaloppOnline.de)

手術は無事成功し、昨日27日の17:00には自分の脚で立つことも可能になったとのこと。牧場長アーペルト曰く、幸運にも当初危惧したよりは軽傷で、2週間後には退院可能だろうということだ。まずは一安心。それでもAdlerflugの脚(どの脚かは記事には書かれていない)には3本のボルトが埋め込まれたとのことで、アーペルトは「レースで走ることはもうない。これは確実だ。」と明言。但し種牡馬としてのプランは全くの白紙とのことで、それはまあ当然だろう。

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2009年05月26日

ブエナビスタの祖−シュヴァルツゴルトとシュレンダーハーンのSライン

桜花賞に続きオークスも制して、牝馬二冠達成。ブエナビスタの強さはまさに桁違いで、レッドディザイアが気の毒で仕方ない。普通の年ならレッドディザイアも余裕で二冠だろう。しかもブエナビスタの勝ち方は無茶苦茶である。四位の騎乗は無駄なくベストを尽くしており、一方アンカツはベテランゆえに肝が据わっているということだけに意義があり、しかも今回は自ら認めている通り直線で迷ってもたついたくらいなのだから、あの状況から差し切るなんてもう出鱈目である。とにかく私たちは今、とんでもない馬を見ているのだということは間違いない。

そんなとんでもない馬の母馬の名はビワハイジ。2歳最優秀牝馬であり、その後も重賞戦線で活躍した馬で、今ここで説明し直す必要は全くないのだが、競馬場からの家路で今更ながら「そういやビワハイジってSラインだったな。」と思い出したので、ブエナビスタの牝系の祖、69年前のドイツのとんでもない牝馬シュヴァルツゴルト(Schwarzgold)とその子孫Sラインについてちょっと調べ直してみた。

「ブエナビスタの牝系の祖」とはいっても、もちろんシュヴァルツゴルト自身がこのラインの発端ではなく、ドイツのSラインという通称に従うなら、更に2代遡ったシュヴァルツェクッテ(Schwarze Kutte)がその始祖となる。シュヴァルツェクッテは1920年英国産で父は英セントレジャー馬ブラックジェスター(Black Jester)。1歳のときに現存するドイツ最古の私営牧場シュレンダーハーン牧場(ハルツブルク牧場とかグラディッツ牧場はもっと古いが元は王立等)に買われドイツの地にやってくる。2~3歳時に6勝を挙げ、競走馬としてそこそこ満足できる成績を残している。しかしこの馬は母馬としてこそ真価を発揮し、特に1932年産駒、戦前ドイツ最強とされるオレアンダー(Oleander)を父とするシュトルムフォーゲル(Strumvogel)は、ヘンケル・レネン(独2000ギニー)、ウニオン・レネン、独ダービーを連覇、続くベルリン大賞でパリ大賞馬アドミラルドレイク(Admiral Drake)を倒して、父に続きドイツ馬がフランス馬に比肩できるレベルであることを証明した。またシュトルムフォーゲルの1歳姉シュヴァルツリーゼル(Schwarzliesel)も優秀で、キッサソニー・レネン(独1000ギニー)を制し、ディアナ賞(独オークス)3着の成績を残す。即ちシュレンダーハーン牧場のSラインは、その最初から大成功していたのである。

1937年、シュヴァルツリーゼル初仔としてシュヴァルツゴルトは誕生した(父アルヒミスト(Alchimist)もこの時代に名を残す名馬であるが、この馬については随分昔に前ブログで書いたのでそちらをご参照いただければ)。2~3歳にかけ11戦8勝。意外にも3回も負けているのだが、1つはデビュー戦での首差2着。その次から4戦連続逃げ切りの圧勝劇を演じるが、2歳最終戦のラティボア・レネンでヴァルトフリート牧場のフィニートア(Finitor)に半馬身差され、彼女の敗戦の中で唯一説明(または言い訳)が見つからないレースとなった。最後の敗戦は3歳明け初戦のヘンケル・レネン。調教師ゲオルク・アルヌール(Georg Arnull)曰く、シュヴァルツゴルトは最も調教し易く、最も調教が難しい馬だった。調教では基本的に単騎で、ダートでは抑えが利くのだが、芝調教では自分の意思でテンポを作ってしまい、なかなか調整ができなかったということである。ヘンケル前も芝での仕上げ調教ができなかったということで、どんな名馬でも仕上がり途上で明け初戦を勝つのは難しいという競馬の常識を、この馬自身が裏付けたのだと一応解釈されているようだ。

だが一叩きされたシュヴァルツゴルトは、誰もが驚き、あるいは最早呆れて笑うしかないほどの強さで快進撃を開始した。まずはヘンケルで後塵を拝したネーヴァ(Newa)をキッサソニー・レネンで6馬身差に叩き落し、続くディアナ賞は着差を測ることすら許さない大差で圧勝。そして迎えたダービー。牡馬前哨戦であるウニオンもシュレンダーハーンのアドアストラ(Ad Astra)が制しており、上がり馬サムライ(Samurai)と合わせた3頭出しで、どう転んでも優勝カップはオーナー、オッペンハイム(Waldemar von Oppenheim)の手に渡ることになっていた。そして予想違いはアドアストラが4着になったことくらいで、サムライは3着エッレリヒ(Ellerich)に5馬身差の2着を確保する。而してシュヴァルツゴルトは、13頭立ての外11頭目からスタートし、抑え気味ながらも内へと切り込みながら先頭に立つ。鞍上シュトライト(G.Streit)は持ったままであったにも拘らず、スタンド前を通過し1コーナーに差し掛かったときには後続との差が開き始め、向正面で6馬身、10馬身、そして15馬身と差が見る見る開き、最終コーナーでは既に誰もがシュヴァルツゴルトの勝利を確信して祝福の歓声をあげた。シュトライトは早々と手綱を降ろし、このとんでもない牝馬の背にただ揺られるがままに揺られ、悠々とゴール。その瞬間2着のサムライは10馬身後ろで、3着以下相手に圧勝劇を演じていたのである。サムライはこの後セントレジャーに勝ち、古馬になっても重賞をいくつも勝っており、他の年だったら十分世代トップになれた馬だ。そこからもシュヴァルツゴルトのとんでもない強さが分かる。

ダービー後、シュヴァルツゴルトはオレアンダー・レネンを再び「大差」で圧勝し、次の目標をミュンヘンの国際レース、ブラウネス・バントに定める。1934年、ミュンヘンの競馬狂ナチ官僚クリスティアン・ヴェーバー(Christian Weber)によって創設された高額レースだ。しかしヴェーバーは何故かシュヴァルツゴルトの出走を認めなかった。それでも陣営がシュヴァルツゴルトと共に果敢にミュンヘンへ乗り込むと、遂にナチ親衛隊が現れ、シュヴァルツゴルトの馬房の前を封鎖したのである。これで万事休す。オッペンハイムはアルヌール師、牧場長シュポネック(Graf Sponeck)に「暴力の前には屈せざるをえない。」と述べ、出走を断念したのである。親衛隊は、勝者がゴールを駆け抜けたと同時に、シュヴァルツゴルトを馬房から解放したという。この逸話についてはH.ジーメン(Harald Siemen)とH.ルドルフィ(Harald Rudolfi)の著書(下記参考文献ご参照)で触れられているのだが、ヴェーバーが出走を妨害した理由は書かれていない。この時レースを勝ったのは伊ダービー馬で、後にリボー(Ribot)の祖父となるベリーニ(Bellini)である。1940年夏は既に第二次大戦に突入しており、英仏とのレース交流は断たれている。恐らく国際競走として同盟国イタリアの顔を立てるために、シュヴァルツゴルトの出走を阻んだのであろう。あるいはオッペンハイム家がユダヤ系(19世紀に既にカトリックへ改宗している)であることも関係しているかもしれない。この3年後、シュレンダーハーン牧場はナチ親衛隊によって接収され、オッペンハイム家は亡命している。

この鬱憤を晴らすべく、ホッペガルテンの高額重賞、帝都大賞(現ドイツ賞)に臨む。そしてこれが現役最後のレースとなる。このレースの模様については、私が文章で語るより、以下のYouTubeを見ていただきたい。貴重な映像でビデオにもなっており(最近DVDにもなったようだ)私も持っているのだが、誰かがちゃっかりアップしてくれたようだ。

観客が傘を広げる雨天の中、見ての通りの圧勝劇である。ドイツではレース毎に「レース判定」(Richterspruch)というのをするのだが(「ドイツ競馬用語」の"Richterspruch"ご参照)、正規のカテゴリーにない「控える」(Verhalten)という判定が出された。直線では最早レースを終え、すっかり控えてしまったからだ。

既述のようにこの時ドイツ競馬は英仏とのレース交流を断たれていた。それゆえ凱旋門賞への挑戦は最早叶わず、「パリでも負けはしなかっただろう。」というアルヌール師の無念を残しながらも、シュヴァルツゴルトはとてつもない足跡をドイツ競馬史に記してターフを去った。

繁殖に入ったシュヴァルツゴルトはしかし、9年の牧場生活で僅か2頭の牝馬を残し、1951年感染病によって早世した。2頭のうち姉のシュヴァルツェパーレ(Schwarze Parle)は牧場から放出されたが、大物こそいないものの、やはりシュヴァルツゴルトの血が重宝がられたのか、地道に広く牝系を残しているようだ。そして妹のシュヴァルツブラウロート(Schwarzblaurot)が現代にまで太く残るシュレンダーハーンのSラインを構築する。シュヴァルツブラウロート自身は現役時代これといった成績を残しておらず、直仔もオープンクラスで活躍する馬は多く出したが、トップレベルというほどではなかった。しかし牝系の直仔たちが素晴らしい母馬となったのである。

1955年産サブリーナ(Sabrina)は、自身も独1000ギニーを2着したまずまず優秀な馬で、産駒には(見落としがあるかもしれないが)ずば抜けた馬はいないものの、血脈としては現在に至るまでオープン級の馬を輩出し、最近ではゾンマーターク(Sommertag)が昨年のバーデン・ヴュルテンベルク・トロフィー(Gr.III)を制しており、シュレンダーハーン牧場に残るSラインの重要な1本に数えられている。

1952年産シェヘーレツァーデ(Scheherezade)も、1941年以来祖母の名を冠した独1000ギニー、シュヴァルツゴルト・レネンを3着している。こちらの血統は更に優秀で、特にシェーンブルン(Schönbrunn)は1000ギニー、ディアナ賞の牝馬二冠を達成し、フランスへも度々遠征してドーヴィル大賞を勝っている。そしてその2代後には、1984年の凱旋門賞を勝ったサガス(Sagace)に至るのである。また先日サンタラリ賞(仏Gr.I)を6馬身差で圧勝したStecelitaもこのラインに属し、衰える気配はない。

そしてブエナビスタの直系の祖となり、マンハッタンカフェなどを通じても日本と縁の深いのが、1954年産ズライカ(Suleika)である。ブエナビスタ、マンハッタンカフェに通じる直仔サンタルチアーナ(Santa Luciana)は、見落としてない限り目立った産駒はなく、日本に辿り着いて開花した感がある。だがズライカの直仔で最も目に止まるのは、ディアナ賞馬ザベーラ(Sabera)であり、この馬から1976年独ダービー馬スタイヴァザント(Stuyvesant)が産まれる。スタイヴァザントは活躍する産駒こそ出せなかったものの、日本でも種牡馬生活を送った数少ないドイツ馬だ(っていうか、他にいたっけ?)。そして名前が日本のサヨナラ(Sayonara)から、1985年英国ダービー馬スリップアンカー(Slip Anchor)が誕生するのである。

ドイツ馬産はよく閉鎖的と言われるが、牧場が独自の血統を守りながら、決して飽和しないように外部の血を程度に交配させ、世界へと染み渡るように広げていく手法は、長期的視野に立った経営としては当然のスタンスなのではないだろうか。確かに大種牡馬を抱えた華やかな影響力に比べ明らかに地味ではあるが、こうしてSライン一つを眺望してみても、閉鎖的と呼ぶには明らかに異なる広がりと奥深さがある。ドイツはシュヴァルツゴルトというとんでもない馬を生み出し、戦中、戦後の混乱の中にあってもその血を絶やさず守り続け、こうして日本の競馬シーンにまでもしっかり影響を与えているのだ。今私たちが目の当たりにしているとんでもない馬ブエナビスタは、69年前のとんでもない馬シュヴァルツゴルトの血を熟すように受け継いだ結果現れたのだと思うのも、決して間違いではないだろう。

【参考文献】

  • Deutsche Flach- und Hürdernis- Renn-Chronik, Jahres-Ausgabe 1939
  • "Schlenderhan, Eine züchterische Bestandsaufnahme am Ende des Jubiläumsjahres" in: Album des Deutschen Rennsports 1969
  • Beckmann, Martin: "Stuyvesant, Der dritte Derby-Sieger der Familie der Schwarze Kutte - der 16. für Schlenderhan" in: Vollblut Zucht und Rennen, Nr.68 (1976)
  • Hagemann, Eberhard: Aufbau und Leistung der Schlenderhaner Vollblutzucht (1939)
  • Rudolfi, Harald: Von Abendfrieden zu Baarim (1963)
  • Eversfield, Martin E.: Die Klassischen Sieger 1946-1975, Vollblutzucht und Rennen in drei Jahrzehnten (1975)
  • Siemen, Harald: Faszination Galopp, 150 Jahre Hamburger Renn-Club e.V. 1852-2002 (2002)

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2009年05月19日

古豪たち復活の春

ヴィクトリアマイル、ウォッカは強かった。それ以上の言葉がないレース。しかし、だったらあのドバイの成績はなんだったのか?これだけ桁外れの強さを持ちながら内弁慶で、しかも東京スペシャリストって、なんか物足りない。好きな馬だけに、どこか歯がゆい。まあそれでも安田は素直に応援する。今回は病み上がりで自重したが、安田は出来る限り府中まで行きたい。今週末のブエナビスタも外せない。ダービーも含め3連闘はちときついが。

ベナツェット・レネン(Gr.III)

ドイツのスプリント重賞初戦は、昨年頭角を現し始めた遅咲きの6歳馬Contatが、大穴牝馬Etoile Nocturneとの接戦を鼻差制し、初重賞制覇。ゴールの瞬間はEtoile Nocturneが抜けていたように見えたため、こちらが誘導馬に従われ勝者として戻ってきて、鞍上のモンジールもファンサービス一杯にスタンドの声援に応えていたらしい。しかし写真判定でContatに軍配が上がり、チャップマンに実況席から「ウィリアム、ノー・チャンス」と宣告されて、モンジールの目は点になっていたそうな。

人気のSmooth Operatorはスタートゲート内で立ち上がり、一瞬しりもちをついていた時点で「こりゃ危ないな」と感じたが、案の定やや出遅れ、全体的に後手後手のレースになってしまった。それでも4着にまで追い込んできていたので、精神面を中心に上手く立て直せば、次はガラッと変わる可能性はある。実力の判断は次まで保留。

BHF銀行マイレ(バーデナー・マイレ)(Gr.III)

こちらも若い人気馬が飛ぶ波乱。古馬マイル〜中距離の新たな主役を担うべき期待を込め、1.6倍のダントツ人気に支持されたLiang Kayが、これまたどこかちぐはぐはレースで3着に敗れる。外目後方2番手で3コーナーを回った直後、前のWiesenpfadに詰まるような形で一瞬上体を上げ、そのまま最後方に下がってしまった辺りで「こりゃまずいな」と感じたが、案の定外外を回らされて直線での仕掛けが明らかに遅れ、追い込んではきたものの3着止まり。モンジールは追わせると上手いのだが、馬群捌きがむかしから下手。腕は一流でも協調性に難あるヘリアーが出て行って、昔の名前じゃあまり優遇してくれない故郷フランスで燻ってたモンジールをドイツへ呼び戻したはいいけど、オストマン師の騎手に対する悩みはまだまだ解消できなさそう。ただ馬自身もどこか本調子じゃなかったというか、嵌ったときのピリッとした切れ味が感じられなかった。父Dai Jinほどのふてぶてしい強さはなさそうだ。

さて前日同様、ゴール前で写真判定にもつれ込む接戦を演じたのは、私が一昨年まで目の前で見ていた馬たちだった。中団から馬場の外目を抜けたAspectus、後方から内を突き前へ躍り出るKönig Turf。逃げるEarl of Fireを両脇から同時に抜き去り、かつて鎬を削ったライバル同士、栗毛と黒鹿毛が馬体を合わせ、古豪の意地がぶつかり合う。鳥肌ものだ。そしてAspectusが僅かに短頭差König Turfを抑え、2007年7月大ヘッセン・マイレ(Gr.III)以来の久々の重賞制覇を果たした。

Aspectusは2歳王者、3歳時にウニオンを勝ってダービー候補に支持されたが、距離の壁にぶつかり、以後マイルから中距離に転向。しかし上述の大ヘッセン・マイレを除いてGr.II、Gr.IIIレベルで煮え切らないレースが続き、昨年はフランスの大厩舎ファーブル師の下へ送られた。しかしそこでも結果が出せず、今年になって再びドイツに戻ってくる。尤もレットゲン牧場専任のブルーメ師の下ではなく、新調教師ムンドリーが与ることになった。そして4月のクレーフェルトの平場別定戦で慎重に復帰し勝利、ここに臨んできたのである。今回のレースを見る限り、馬に覇気は十分ある。6歳という年齢でどこまで力をつけなおせるか分からないが、かつての輝きをもう一度見てみたいのも正直な気持ちだ。同期Prince Floriは同日ローマの共和国大統領賞(伊Gr.I)で差のない5着に踏ん張り、衰えを感じさせながらも地道に頑張っている。ウニオンで降したLauroはヴェーラー厩舎に所属しながらもアメリカを主戦場として昨年はGr.II勝利。今年も16日にピムリコのディクシーS(米Gr.II)でシーズンスタートし、2馬身差の4着。ゴドルフィンに移籍したSchiaparelliの動向は分からないが、この世代は個性派揃いで層が厚い。Aspectusもまだまだ同期の頑張りに負けられない。

しかしそれにも増して胸を打ったのは2着のKönig Turfだ。昨年3月サンクルーのエドモンブラン賞(Gr.III)を逃げ勝ち、新境地を開くかと思われた直後、調教中に骨折し、一旦引退を余儀なくされた。それ以前にも骨折で長期休養し、ボルトを骨に埋めたまま復帰して重賞戦線を戦った苦労馬である。命はとり止め、フランスでの種牡馬入りの話も決まっていたのだが、引き取り先の牧場から馬主へ買い取り金が振り込まれてこないということで取引不成立となり、今年再び現役復帰となったのだ。管理していたシュプレンゲル師は愛馬が手元に戻ってきたことをことのほか喜び、ロンシャンの平場戦で一叩きさせて(3着)、このレースに送り込んだ。そしてこの熱さ溢れる激走である。ターフに現れたシュプレンゲル師は、かつてKönig Turfの主戦を務めていたムンドリー師の勝利を讃えると同時に、戻ってきた愛馬を涙を流して迎えたという。König Turfの次走は、2年前に制したハンブルガー・マイレ(Gr.III)の予定だ。

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2009年05月12日

インフルエンザに罹った

豚じゃないけど。

詳しくは知らないのだけど、今騒がれている豚のはA型で、私のはB型なんだそうで。なんにしても生まれて初めてインフルエンというものに罹ったので、最初は当然風邪かと思っていた。先週後半から週末にかけて寒暖の変化が激しかったし、日曜日辺りはそれでなんとなくだるさを感じてたので、ブログ書いてパブロン飲んでネットでドイツ競馬見てから寝たんだけど、昨日仕事に行ってから鼻水が止まらなくて、「こりゃ間違いなく風邪だ」と判断して半休とって帰ってきた。そしてパブロンの効果がまるで感じられていなかったので、近所のマツキヨで「カツンと効く風邪薬ください」と言って勧められたルルアタックIBを飲んで午後から布団にもぐりこんだわけだ。しかし6時くらいに起きたとき益々だるくなってて、体温測ったら78.8度。うどん食べてルルアタック飲んで、夜11時くらいにまた体温測ったら今度は38.2度。今朝起きてもまだ38度あったので、大人しく近所の病院に行き、結局インフルエンザと診断されてしまったわけです。市販の風邪薬が全然効かないわけだよ。

インフルエンザの検査って、採血と同時に、長い麺棒を鼻のめちゃくちゃ奥まで突っ込んでそこから鼻水採取するのね。あれはなかなかしんどい。取り合えずタミフルと解熱剤もらって帰ってきた。1日中寝てたせいで病気でだるいのか寝すぎでだるいのかよく分からん。こういうときにこそ本読んだり外付けハードに溜まっている動画類でも見ようかと思ったのだけど、集中力でないしすぐに疲れるしでダメだね。今、取り合えず熱が下がってきたのでブログ書いてるけど、ウイルスをばらまくわけにはいかないし、医者は明日も自重してろというので、明日こそ充実した引き籠り生活を送ろうかと。

そうそう、風邪と明らかに違う症状として、喉に全然影響が出ていない。だから咳も基本的にないし(だるさからむせたときにちょっと)、熱が出ても喉が痛くないときはインフルエンザを疑ってみていいのかも。

メールミュルヘンス・レネン(Gr.II)

人気のIrianが逃げる英国馬Zafisioを差し切って勝利。Zafisioの逃げはややかかり気味とも思えるハイペースで、Irianは後方で控える競馬。直線に向き、先行勢がZafisioのペースから振り落とされると、外を突いてIrianが伸び、粘るZafisioをしっかり抜き去った、なかなか強いレースだった。Zafisioは直線でかなりふらついており、臨戦態勢としてまだ仕上がっていなかった様子が窺え、それでいてあそこまで粘るのだから、Gr.Iホースは伊達じゃなかった。一叩きした後だったら、Irianもここまで楽には勝てなかったかもしれない。3着には後方から追い込んだGlobus。この馬なりに立て直してきたようだが、逆にこの辺が今の限界なのかなとも思わされる内容。次はフランスのGr.IIIを狙うとのことで、多分そのくらいのレベルが当面妥当と思われる。

Irianは距離を伸ばしてジョケクルブ賞(仏Gr.I、仏ダービー)を目指す。ジョケクルブが2100mに距離短縮してから、メールミュルヘンスをステップにここへ向かった馬に、Aspectusがいる。Aspectusは13着で結果を残せなかったが、その後2200mのウニオン・レネンを制しており、距離の融通が利かなかったわけではない。2400mが長すぎても、中距離がベストというタイプなら今後もこのルートを選ぶ馬は出てくるだろう。

シュヴァルツゴルト・レネン(Gr.III

Addictedが人気のNovitaを差し切り、追い込んできたLukreciaとの叩き合いを制して勝利。1000ギニー有力候補へ躍り出た。2番手から直線と同時に先頭へ抜け出したNovitaがそのまま押し切るかと思われたが、残り150mくらいで伸び脚が鈍り、そのNovitaを終始ピタリとマークしていたAddictedが抜き去る。そこへ後方からLukreciaが矢のように追い込んでたが、Addictedは馬体が並んだところでもう一粘りし、短首差凌ぎ切った。今年騎手から調教師に転じたムンドリーは、早くも重賞初勝利である。

上位馬は皆1000ギニーへ向かうことになる。Novitaは現状における限界が見え始めたようで、本番では人気を落とすだろう。AddictedとLukreciaにしても、抜けた強さという意味では物足りない。1000ギニーでは、デュッセルドルフ牝馬賞(L)で仕上がり途上の感を残しながらもしっかりNovitaを押さえ込んだNorderneyが恐らく1番人気になる。2003年独ダービー馬である父Dai Jin(GAG101kg)の産駒は、2005~08年で12、13、16、9頭しかいないのだが、初年度産駒Liang Kayが重賞3勝し、このNorderneyが1000ギニー有力候補となっているのだから、種牡馬としてもっと人気が出てもよさそうなものだ。

今週末から春のバーデン開催。最初の週末の注目は、スプリント重賞のベナツェット・レネン(Gr.III)。2歳時にフランスのGr.III、Gr.IIを勝ったSmooth Operatorが、春初戦からいきなり古馬に挑戦する。古馬大将のAbbadjinnが今年初戦を不完全にスタート(準重賞4着)しているので、全体としてメンバーのレベルは高くない。だがこの時期に早々と古馬を叩き潰すようなら、今後かなりの期待が持てる。Overdoseのライバルにでもなれば、スプリント路線もグッと面白くなる。

posted by 芝周志 at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2009年05月10日

3歳戦線とギニー展望

今日ケルンで独2000ギニーのメールミュルヘンス・レネン(Gr.II)と1000ギニートライアル、流浪のレース名シュヴァルツゴルト・レネン(Gr.III)が行われる。ギリギリになってしまったが、ギニー展望と合わせ、少し現在の3歳有力馬を整理してみたい。08年振り返りで2歳馬編を結局やらず仕舞いだったし、その辺もここで関連付けながら話を進める。

まずは牡馬。ギニー路線と平行し、直接ダービールートへ向かう馬は、先週のバンクハウス・メッツラー春季賞(Gr.III)に出走、4番人気のGlad Pantherが人気のSaphirとの叩き合いを制して勝利。この馬は2歳デビュー戦で勝利、続く準重賞コロニムス・レネンで3着となっている(このレースを制したSmooth Operatorはその後フランスで重賞2勝を挙げ、今期のスプリント路線に期待が持たれている)。今年はドクター・ブッシュ・メモリアル2着のDaring Tigerがデビュー勝ちしたカテゴリーDレースでスタートし、ダントツの1番人気を裏切り3着。因みに今年から未勝利戦用のレースがカテゴリーDレースとされ、過去にカテゴリーDを勝った馬でも3kg負担増で出走可能となった。1勝馬の出られるレースが極端に少ないのが予てから問題にはなっていたため、こういう解決策になったようだ。Glad Pantherはこの敗戦故に人気を落としていたわけだが、重賞を勝ったことで一応の復権はできた格好だ。付いたGAGは91.5kg。昨年のKamsinが90kgなのだから、重賞格の馬がいなかったレースとしてはまずまずの評価といえる。ただGlad Pantherの父は日本でもタイキフォーチュン等を輩出したシアトルダンサーで、母系も短距離傾向だから今後距離延長がどこまでいけるかはまだ不透明。2着のSaphirは今年初戦のカテゴリーD戦で他馬を引き千切って勝利したためここで人気になっていた。2着とはいえ重賞初戦でこの内容ならまずまずで、父がBlack Sam Bellamyという点でも距離が伸びて更に活きてくるだろう。ダービーの有力候補の1頭と考えておいてよさそうだ。

その他ダービーへの抜けた有力候補はまだ不在で、デビュー、又は明け初戦のカテゴリーD戦で強い勝ち方をした良血1勝馬が数頭注目を浴びている状況だ。一応ニュースになっている名前を挙げておくと、Quamun(デビュー4馬身、母1000ギニー馬Quebrada)、Oriental Lion(デビュー1½差、兄Oriental Tiger)、Panyu(デビュー6馬身差、兄Platini、Paolini)、Wiener Walzer(明け初戦7馬身差、母Walzerkoenigin、兄Walzertraum)あたりを今後要チェック。ちょっと動向が分からない有力馬として上述のDaring Tigerが気になる。素質の高さはドクターブッシュで証明済みだが、2000ギニーにもダービーにも登録なく、一応21日の準重賞シュパールカッセ・ドルトムント大賞に登録してあるものの、その後の路線は不明。血統的にはかなりダービー向きだと思うのだが、いっそもっと長距離でセントレジャー狙いなのか。

さて本日のメールミュルヘンス・レネン。人気を集めるのはドクター・ブッシュ・メモリアルを圧勝したIrianで間違いない。この馬はダービーへの登録はなく、マイルから2000mをメインに進むことになる。ここが試金石だ。国内馬では2歳チャンピオンGlobusが前回敗戦からどれだけ立て直しているかが鍵。ヴィンターファヴォリート賞(Gr.III)を10馬身差で圧勝した馬だけに、叩かれ2戦目でガラっと変わる可能性がないわけではない。一方ヴィンターファヴォリート賞2着の良血Next Visionが明け初戦でここに臨んできたが、ヒルシュベルガー陣営のここでの期待は明らかにIrianにあり、ここはダービーへ向けた叩き1戦目として見ておくのが妥当。

Irianの強敵となるのはむしろ2頭の英国馬。メールミュルヘンスは過去にも度々英国馬に奪われているが、今年の2頭は例年以上にレベルが高い。格の上ではZafisioが圧倒的だ。2歳時にクリテリウム・インターナシオナル(仏Gr.I)を勝っているGr.Iホースである。ただ今年は英2000ギニーには登録ありながらそれに間に合わず、明け初戦にここを選んできた。クリテリウム・インターナシオナルも大穴での勝利で、その後クリテリウム・ド・サンクルー(仏Gr.I)では5着に敗退していたし、どこまで本物かは分からない。いくらGr.Iホースとはいえ、ドイツ勢としてはこういう馬に簡単にはやられたくないところだろう。

もう1頭のSri Putraは2歳時にGr.IIIを勝利。Gr.Iでは及ばなかったが、明け初戦のベイスウィック・タイアーズ・グリーンハムS(英Gr.III)で4着し、ここに臨んできた。本国ギニーでは厳しいからドイツを草刈場にしようという、過去の英国遠征馬の典型的パターン。一叩きした上積みはあり、怖いのはむしろこっちだろう。

それでは牝馬戦線。

ディアナ賞については、如何せん8月2日施行だから、これからデビューする馬にもまだチャンスはあり、今あれこれ挙げても意味がない。取り合えず現段階で挙げておくべき2頭について簡単に触れる。

まず2歳女王のSworn Pro。デビュー2戦目に未勝利脱出し、大穴でヴィンターケーニギン賞(Gr.III)を制した。母系はヴィッテキンズホフ牧場の基幹Sラインに属すが、母の産駒が地味で、且つ父Protektorというところが人気を落としていた原因だろう。ただProtektor産駒は時々一発やらかす馬が出るので、この馬もそういう意外性の1頭といえる。1000ギニーはスルーし、今年からホッペガルテンに移った(これはいいことだ)ディアナ・トライアル(Gr.II)から始動予定。

既に今期出走しギニーを回避してディアナへ向かう組は、5月3日ヘンケル・トライアル(L)を最初のステップにしている。ここを勝ったのがフェアホフ牧場のGalana。姉Goathemalaは強豪集う前年の3歳牝馬路線で地味に善戦し、シーズン最後の牝馬限定Gr.IIIを勝って重賞ウィナーの仲間入りを果たしている。Galanaはフランス、イタリアのオークスにも登録があり、次走はどちらかに挑戦することになるだろう。

残るディアナ候補は1000ギニーを待ってからということになる。

而してその1000ギニートライアルとなるシュヴァルツゴルト・レネン(Gr.III)。人気は前走ここへのステップになる準重賞デュッセルドルフ牝馬賞2着のNovitaと、昨年9月ケルンでの2歳準重賞を勝ち、ここを明け初戦として臨んできたJambalayaが人気を分け合い、ヴィンターケーニギン4着、ヘルツォーク・フォン・ラティボア・レネン(Gr.III)3着のAnjellaがそれに続いている。Novitaは2歳時に準重賞ユニオーレン賞で牡馬Next Visionを降しており、既に呼び声高い馬だ。ディアナへの登録は無く、1000ギニーを当面の目標に、マイル路線を進むことになるだろう。

その他、ここに名のない1000ギニー候補は、上述のデュッセルドルフ牝馬賞でNovitaを1¾差に降したNorderney。2歳デビュー戦を勝利し、明け初戦のこのレースを制して2戦2勝。まだ底を見せていない。1000ギニーでは今日のレースの勝ち馬とこのNorderneyが人気を分け合うことになるだろう。

ということで、間もなく発走にも拘らずブログアップ!ま、レースが終わった後に読んでください(^^;)

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2009年05月01日

先週、先々週のレースと今週の注目、しかも敢えて5月1日ブレーメン平場1R

サラッと過去2週。

4月19日 ドクター・ブッシュ・メモリアル(Gr.III)

2歳チャンピオンGlobusが一応1番人気に支持されるが、春の一叩き目で未勝利を抜けた馬たちも人気を分け合う。その混戦ムードを吹き飛ばし快勝したのは、シュレンダーハーン牧場のIrian。3月15日のデビュー戦を8馬身差で圧勝し、その勢いで一気に重賞制覇。2番手から直線で反応良く抜け出す安定した走りで、まだまだ強くなりそうなポテンシャルを感じる。父がTertullianで距離延長は不向きとみて、ダービーの登録はない。一応メール・ミュルヘンス(Gr.II・独2000ギニー)に登録はあるが、ミュンヘンのバヴァリアン・クラシック(Gr.III)へ向かい2000m路線にシフトするプランもあるようだ。Daring Tigerは最後方から追い込んでの2着で、この馬も今後伸びそうな気配。Globusは直線で伸びかけながら止まってしまったので、まだ仕上がりきってなかった様子。メール・ミュルヘンスまでに本調子へ持っていかれるかが鍵。

4月26日 ゲーリンク賞(Gr.II)

Kamsinが直線でやや苦しみながらも、最後には地力の差で勝利。休み明け初戦としては十分だろう。むしろ一旦Kamsinを交わして大穴を開けると思われたDwilanoを褒めてあげたい。この馬は小厩舎レマート師(といってもかつての名騎手。日本でいうなら郷原あたりか)の管理馬であるため、いつも不当に軽視されているところがあるが、前走も明け初戦でよく走っており、この2着も決してフロックではない。本来2000mがベストで、今の調子を維持しているうちに国外のGr.IIIあたりを狙うと面白いかも。グランプリ・アウフガロップを勝ってきたOstlandは直線でさっぱり伸びず最下位。Kamsinに対し、シールゲンはこの馬の調整をまともにやってたのか疑問を感じるよ。

4月26日 エルンスト・マイレ(L)

Liang Kayが持ったままで余裕勝ち。ここでは格が違った。次走はバーデナー・マイレ(Gr.III)か2200mのバーデン企業大賞(Gr.II)のどちらかを狙う。

4月26日 ガネー賞(仏Gr.I)

Adlerflugがゲーリンク賞ではなくこちらに出走。直線内で前が詰まって追い出しが遅れたものの、よく追い込んで¾馬身+短首差の3着。2着Loup Bretonとは首の上げ下げの差だ。休み明け、良馬場で高速決着(2:09,43)という条件でよく走っている。次走はコロネーションC(英Gr.I)を予定しており、力馬Adlerflugにはこちらの方が向いていて楽しみだ。

今週も昨年度振り返りで取り上げた注目馬が登場。5月1日サンクルーのミュゲ賞(Gr.II)にはPrecious Boy、ミュールハイムの長距離準重賞ジルベルネス・バントにValdinoが出走する。また3日フランクフルトの3歳春季賞(Gr.III)では前走未勝利戦を7-2-9-5-34馬身で後続を蹴散らしたSaphirが人気を集めそうだ。

だがここで敢えて1日ブレーメン1Rに行われる平場戦It'sGino-Cupに注目したい。このレースは2008年6月1日以来未勝利(最下級条件を除く)の古馬戦で、明らかな格下か、デビューが遅れてまだ1、2戦しかしてないような馬が主に出走する。だがその中に1頭、過去のGAGが91kgの馬がいる。Löwenherzだ。2006年、2歳時にユニオーレン賞(準重賞)を勝った馬である。このレース、1番人気のNext Styleが直線でそつなく抜け出し、セイフティーリードを保ってゴールに逃げ込むかと思われた。一方Löwenherzは前が壁になってなかなか抜け出せず、直線半ばで漸く最内に1頭分の隙間が開くとそこへ躊躇い無く突っ込む。そして1完歩ずつNext Styleを追い上げ、並ぶ間もなく一気に抜き去ったのだ。このとき私はデュッセルドルフ競馬場の馬場でファインダー越しにこのシーンを見、シャッターを切りながら鳥肌が立ったのを覚えている。まだ銀塩で撮っていた頃なのでスキャン画像の画質が悪いが、よかったら見て欲しい(ココ。写真をクリックすると次の写真に移ります)。Löwenherzとは「ライオンハート」という意味で、レース後ヴェーラー師は「この馬は本当に獅子のハートを持っている。」と語り、3歳以降に大きな期待を膨らませていた。

しかし3歳初戦のブッシュメモリアルでは、発汗が酷く本調子とは言えずに4着。その後5月にフランスのGr.IIIに出るが6着に敗退して、それからすっかり音沙汰が無くなってしまった。この世界ではそのまま消えていく馬は数知れず、残念ながらLöwenherzもその1頭になってしまったかと私も諦めていた。

だが丸2年のブランクを経てLöwenherz戻ってきた。レース名もIt'sGino-Cupとは粋じゃないか。この間に去勢され種牡馬としての未来は断たれてしまったが、それこそ現役として復活させるだけの価値は残っていたということだ。ドイツの大手馬主は、馬に将来性がないと判断すると小規模な個人馬主に払い下げてしまう。しかしLöwenherzの馬主はフェアホフ牧場のままである。調教師がヴェーラーではなくストークスになっているが、彼は調教師資格を持ったフェアホフ牧場のトレーナーであり、レーシングマネージャーである。ドバイに遠征しているときのQuijanoなんかは、実際のところシールゲンではなく、現地で専らストークスが調教している。Löwenherzの調教師がストークスなのは、今回はまだ試走という部分が強いからだろう。だがこれで順調なスタートを切れば、今年のIt'sGino、いやむしろ同じくブランク後セン馬になって復帰し国際Gr.I級にまで登りつめたQuijanoのようになるかもしれない。フェアホフ牧場の若旦那ヤコプスやストークスは、正しく第2のQuijanoとして期待をかけているに違いない。となると、恐らくメインシーズン中は条件戦で慎重に力を付け、来年ドバイでブレイクというスケジュールになるのだろう。少々先は長いが、今から動向を見守っていて損はないはずだ。

まあ最後に正直に打ち明けると、この馬、当時やってたドイツ競馬POGの私の持ち馬なのである。しかし贔屓目以上の可能性は十分にある。

というわけで今晩注目な訳だが、実は伊勢参りと天皇賞観戦に行くため、結果確認は3日の晩になりそう。

posted by 芝周志 at 04:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2009年04月20日

今更2008年ドイツ競馬を振り返る【距離別】

皐月賞行ってきた。写真はアップしてあるので、よろしかったらプロフィールにURLが貼ってあるメインサイトの「Race Gallery」から覗いてみてください。

アンライバルドに対しては、悪条件のスプリングSでの勝ち方に目を見張るものがあったので、正直かなり気持ちは揺れていたのだけど、やっぱりノリちゃんに久々Gr.Iを勝ってもらいたい思いの方が強かったもので、ぐりぐり人気と分かっていてもここはロジユニヴァースで勝負せざるを得なかった。直線で馬が全く動いていなかったのだから、敗因は力関係や距離とかではなく、馬自身の調子の問題と見るべきなのだろう。自分はドイツで競馬をやってきたせいで馬体重の数字自体は全く考慮しないようになっているのだけど、やはり今回のマイナス10kgは調整がうまくいかなかった表れなのかもしれない。ターフビジョンで見た限り、古馬のように落ち着いた風格が好印象だったんだけどねぇ。ダービーまでに立て直せるか、いっそ秋まで時間をかけてじっくり回復させるか。決してこれで終わる馬ではないと思っている。

しかしなんにしても、アンライバルドは強かった。4角からスパッと先頭に立ったあの脚は、まるでワープだ。2400mへの距離延長は問題ないだろうし、ロジが一気に回復してくるのでもない限り、ダービーはこの馬が軸で間違いないだろう。激しい気性が良い形でレースに繋がる限り、この馬はかなりの大物になるかもしれない。

一方気性という意味では、リーチザクラウンの方は困りものだ。血統や体型的には長距離の方が向いてるような気がするのだが、如何せんあの気性ではうまく折り合いもつけられまい。秋までに一皮向ければ菊花賞の最有力候補になるのだろうが、それゆえダービーは完全に度外視することにする。

それでは「今更2008年ドイツ競馬を振り返る」、今回こそはサクッといくぞ!

2000m路線

4月27日ガネー賞(仏Gr.I)でDuke of Marmaladeに½馬身差2着とまずまずのシーズンスタートを切り、5月18日ローマの共和国大統領賞(伊Gr.I)で首差ながらも手堅くGr.Iを制したSaddex。本来ならここから距離を伸ばし、サンクルー大賞からグランプリ路線に交じってくる予定だったのだが、調教での状態に不満が残るため回避。その後いつ復帰になるかなどと2、3ニュースが流れていたら、突然ラウ厩舎からバルトロマイ厩舎への移籍が発表され、更にその1週間後には重度の関節症とかで引退が決定。今年から種牡馬入りとなった。

とはいえ、Saddexはこの路線がメインだったわけではないので他に目を向けると、前年からの期待としてはWiesenpfadやShrek、Axxos辺りが中心になるはずだった。しかしShrekはパッとしないまま未勝利で終わり、今年から種牡馬入り。Axxosは4月のミラノでアンブロシアーノ賞(伊Gr.III)を勝ち古馬になっての成長が期待されたが、Saddexが勝った共和国大統領賞でShrekとともに惨敗し、その後も見せ場無く終了。一応前年パリ大賞(仏Gr.I)2着という勲章があったお蔭か、フランスで種牡馬の口を見つけることができた。

Wiesenpfadは春のバーデナー・マイレ(Gr.III)で始動し、2000mに距離変更されたドルトムントのヴィルツシャフト大賞(Gr.III)も快勝して、どうやらこの馬がこの路線の主役になりそうだと思われた。しかし肝心のダルマイヤー大賞−バイエルン・ツフトレネン(Gr.I)で何故か全く伸びず8着に惨敗。その後Gr.IIIで3着、2着になっているので全くダメだったというわけではないが、この路線の軸というには物足りない成績に終わった。今年の目標はGr.II以上に勝つことだそうだ。

この路線の国内メインであるこのダルマイヤー大賞を制したのは、06年に短距離のゴールデネ・パイチェ(Gr.II)を勝った英国馬Linngari。2着も英国馬Pressingが入り、ドイツ馬最先着が牝馬Fair Breezeの3着だった。正直情けない内容だ。しかし勝ったLinngariの勝ちっぷりは素晴らしく、相手が不足であったにも拘らずGAG99,5kgという高いレートが付いた。Gr.Iとしての体裁はLinngariのお蔭で保てたと言っていい。

こんな感じで尻すぼみ必然に見えたドイツ2000m路線だが、意外な馬が後半戦に花を添えてくれた。Prince Floriだ。06年バーデン大賞馬で年度代表馬のPrince Floriは、前半はグランプリ路線で戦っていたが勝負に絡めず、力の衰えを認めてGr.III中心の2000m後半戦に舞台を移してきたのである。そしてまさに腐ってもGr.Iホースというわけで、バーデンのシュプレッティ・レネン(Gr.III)を快勝、ホッペガルテンのドイツ統一賞(Gr.III)では、フランクフルトのユーロカップ(Gr.III)で圧倒的人気のFair Breezeを下した上がり馬Zaungastを返り討ちにする。そこで次走は2200mのバーデンヴュルテンベルク・トロフィー(Gr.III)を選び、バーデンバーデン3開催での重賞制覇というちょっとマニアックな記録に挑むが、直線で前が開かず追い出しが遅れたせいで、最後に良く伸びていたにも拘らず4着となってしまった。11月16日、国内最後の重賞でありフランクフルトで施行予定だったヘッセンポカールがハノーファー開催に変更され、ランド・トロフィー(Gr.III)として施行、Prince Floriは父の名を冠したレースで圧倒的支持を得るも2着に敗れる。勝ったのは英国牝馬Lady Deauville。鞍上ターナーはドイツの重賞を制した初の女性騎手となるという、ちょっとした話題を残した。Prince Floriは今年も現役続行。春のバーデンかフランスで始動する計画だ。

さてこれで2000m路線の話を閉めたいところなのだが、1頭触れないわけにはいかない馬がいる。Estejo。ドイツ調教馬ではあるが専らイタリアで走り、ドルトムントのヴィルツシャフト大賞にこそ交じってたものの離された6着で、正直なところ「誰だオマエは?」という感じの馬だった。しかし11月9日ローマ賞(伊Gr.I)で大穴を開けたのがこの馬だ。ストライキで開催が不確かだったせいで国外からの参戦が殆どなく、レースのレベルとしては例年より低かったかもしれないが、一応Gr.IはGr.Iである。GAGは96.5kg付き、香港カップにも招待される。もっともそこでは13着に惨敗するが。馬主がイタリア人ということなので、今年もミラノやローマを中心に走るのだろう。

最優秀中距離(2000m)馬を選ぶとなると非常に難しいのだが、前ブログの頃からのマイルールで、対象はドイツ調教馬及びドイツで出走した外国馬なので、パフォーマンスの高さからダルマイヤー大賞を勝ったLinngariにする。国内馬に絞るとなるとGr.Iの実績故にEstejoにすべきところなのだろうけど、あまりにドイツ馬としての印象がないので、すっきりしない。大体デュッセルドルフ調教馬であるにも拘らず、デュッセルドルフ年度代表馬にはPrince Floriが3年連続で選ばれてしまっているのだ。まあ将来性を鑑みて、3歳牡馬編で触れたLiang Kayにしておくのが無難だろう。

スプリント路線

ここは外国馬であるにも拘らずドイツ馬並の人気と支持を独占したOverdoseに尽きる。この路線を長年牽引してきた10歳Lucky Strikeが春バーデンのベネツェット・レネン(Gr.III)で6着に敗退しその役目を終え、上がり馬Abbadjinnがその役を引き継ぐことになるが、Overdoseはその翌日3歳準重賞ランソンカップで1200m戦を直線だけで9馬身差にブッ千切り、衝撃のドイツデビューを果たした。それまで本国ハンガリーやスロヴァキア、オーストリアで走り、6戦全勝。しかも全て6~18馬身差の圧勝である。この後スロヴァキアの準重賞を8馬身差で軽く制し、再びドイツに現れたのがダービー前日のロットー・ハンブルク・トロフィー(Gr.III)で初の重賞挑戦である。だがここでは意外に苦戦し、Abbadjinnの追撃を振り切るものの、着差は僅かに1½。古馬に交じってはそこまで強くないのかと思われた。しかしレース後にリバルスキー調教師が明かしたところによると、その日の朝に挫石してレースに出すべきか迷う状態だったというのだ。リバルスキー師はここでOverdoseに一息入れさせることにし、復帰戦はバーデンのゴールデネ・パイチェ(Gr.II)に定める。この間、ケルンのジルベルネ・パイチェ(Gr.III)は再びAbbadjinnが勝利し、国内ではこの馬が抜けていることが証明されるのだが、結局はOverdoseを引き立てる演出効果にしかならない。

迎えた8月31日ゴールデネ・パイチェ(Gr.II)。Abbadjinnは軽快に先頭を走るOverdoseへ喰らいつこうとするが、ハンブルクの時と違い、脅かすほどにはまるで至らない。着差こそ2½であったが、裁定委員が付けたレース評価はÜberlegen(圧勝)である。このレースからコンビを組んだスボリッチと共に、陣営は自信を持って10月5日凱旋門賞デイのアベイユ・ド・ロンシャン賞(仏Gr.I)に向かった。

だが周知のとおり、このレースは陣営にとって怒りと失望で記憶されるものとなった。Overdoseはブッ千切りの1着で駆け抜けたにも拘らず、このレースはカンパイで無効となってしまったのだ。レースは異例にも最終レースに回されやり直しとなったが、全力で完走してしまったOverdoseは出走を回避。幻のGr.I制覇となってしまった。やり直しレースで勝ったMarchand d'orの勝ちタイムが0:54,00で、Overdoseと同タイムなのが実に悔しいところだ。

YouTubeに両レースを並べた比較映像があったので下に貼り付けるが、この動画の最後にあるスタート直後を発走ゲートの後ろから撮った映像を見て欲しい。前ブログで訳したスボリッチのインタビューで彼は、スターター助手が赤旗を揚げていたのは見えたが振り下ろしておらず、また警告ランプは点灯していなかったと証言している。映像はスターター助手と警告ランプの横を駆け抜ける前で切れているが、確かにこの時点ではスボリッチの証言どおりであり、この直後にランプが点いたとしても横目で確認するには既に厳しい位置だったと思われる。

これとは別の全画面による映像も上がっているが、よく見るとスボリッチは確かに証言どおり何度も後ろを振り返り、400m地点で再度振り返って追ってくる馬がいるのを確認してからスパートをかけている。先頭を走っていた馬の騎手としては、途中で馬を止めるのは確かに厳しい状況だったといえるだろう。まったく残念としか言いようがない。

Overdoseはその後香港スプリントへ行くプランもあったが、それを取り止め、11月16日ローマのGr.III戦に出走し、10馬身差で制して、ロンシャンでのフラストレーションを晴らした。今年は4月19日、即ちこのエントリーを上げる少し前に本国ハンガリーで始動。今回はなんとスミヨンを背に、ハンガリーローカルGr.Iの1000m戦を10馬身差で圧勝ということだ。

最優秀スプリント馬は、最早書くまでもなくOverdose。国内馬で選ぶなら、ゴールデネ・パイチェ後準重賞を2勝し、Overdoseがいなければ敵なしだったAbbadjinnで文句なし。

マイル路線

この路線については既に3歳牡馬編で書いたことがほぼ全て。メール・ミュルヘンス・レネン(独2000ギニー・Gr.II)大オイローパ・マイレ(Gr.II)を制したPrecious Boyが明らかに1枚抜けており、Precious Boyが休養に入ってたこの2レースの間に重賞を勝った馬は、エッティンゲンレネン(Gr.II)を勝った英国馬Loveraceを除き、どれもこのどちらかのレースでPrecious Boyに敗れている。10月12日1700m戦の州都デュッセルドルフ大賞(Gr.III)でチェコに移籍していた元ホーファー厩舎所属の重賞馬Apollo Starがやって来て、Wiesenpfadに11馬身差をつけて圧勝するというちょっとした事件のようなレースもあったが、路線本流としてみれば最優秀マイラーはPrecious Boyで文句なしだ。今年はミュゲ賞(仏Gr.II)から始動予定。

長距離路線

長距離路線といえばバルトロマイ厩舎のLe Miracleがフランスを舞台に孤軍奮闘しているくらいで、世界の競馬界全体が短距離スピード化の傾向にある中、ドイツもそれに違わずレベル低下は著しい。だがそのような中で底知れぬ能力を秘めた3歳馬が現れた。Valdinoである。

4月のデビュー戦は果敢に逃げ、よく粘っての2着。勝ったのが既にレース使って上積みのあったOstland、後のダービー2着馬である。次走で未勝利を抜け出し、続く条件古馬とのハンデ戦(Agl.III)も順調に勝ち上がる。ここまで2200〜2400m戦を走り、勝った2戦の着差はそれぞれ首差で、決して圧倒的な強さを示したわけではない。しかし危ういレースだったかといえば、裁定委員が出したレース評価はいずれもSicher(確勝)、着差以上の安定感があるのである。このハンデ戦が行われたのはウニオン・レネンの日で、ダービーにもギリギリ間に合う時期なのだが、Valdinoは既にセン馬であり、残念ながらダービーへの出走権がない。だがそれゆえ陣営は慌てずじっくりこの馬の能力を高めることに専念した。

次に選んだレースはケルンの3000m準重賞で、Valdinoはこの辺から凄みを見せ始める。人気は重賞でも好走するベテランBrisantが集め、ハンデ戦上がりのValdinoはまだ信頼の評価を得ていなかった。しかしValdinoは自らレースを先導し、直線に入って仕掛けると、スッと2番手以下を引き離し、そのまま危なげなくゴール。2馬身の着差はこの先何百メートル走っても縮まらないだろうというくらい楽勝であった。

そして9月3日、事実上セントレジャー・トライアルであるバーデナー・ステイヤー・カップ(準重賞)に出走、ここでは中団でのレースとなるが、3、4コーナーで前に並びかけ、直線に入ると同時に先頭へ。後は馬場の真ん中をゴールまでただ我が道を進むが如く突き進み、2着Brisantを7馬身差に引き離して圧勝した。

ここまでくれば、この目立たない長距離路線に優れた能力を秘めた馬が現れたことに誰もが気付く。そして迎えた独セントレジャー(Gr.III)。ここを草刈場にすべく英国、フランスからオープン特別クラスの馬も集まるが、ドイツの観衆は1.7倍でValdinoを圧倒的に支持。そしてValdinoはその期待に十分すぎるほどのパフォーマンスで応える。3番手から直線に入ると同時に自らスーッと先頭に出るが、鞍上ヘリアーの腕は全く動いていないのだ。そして長い直線の残り400m地点で手綱を扱き気合を入れると、2着以下をあっという間に引き離し、最後は流す余裕で6馬身差の圧勝である。通常対戦メンバーのレベルが低ければGAGもそれほど大盤振る舞いされないものだが、このレース後にValdinoに与えられたGAGは97.5kg。2年前の06年にダービー馬としては近年珍しくレジャーに出走したSchiaparelliが、そのダービーでのレートをそのまま評価されて97.5kgだった。それゆえ5年前にGr.IIIへ格下げされたセントレジャーでこの評価は異例の高さといえる。ダービー直後のKamsinのGAGも98kgであるし、この強さはハンディキャッパーも本物と認めたのだ。

今年の初戦として当初4月26日のゲーリンク賞(Gr.II)に登録してあったが、このブログアップの時点では既に名前が消えている。その代わり5月1日ミュールハイムの長距離準重賞ズィルベルネス・バントの方に名前があるので、一応今年も長距離戦で行くのかもしれない。しかしこの馬なら2400mでも十分通用すると思う。長距離でもドイツ国内で満足することなく、英仏へ積極的にチャレンジして欲しいものだ。

ということで、最優秀長距離馬は異論無しにValdinoである。

で、やっぱりサクッと終わらなかった…orz。詰まるところ、昨年書きたいネタとして頭にありながらサボってたものを、ここでついつい吐き出してしまうものだからコンパクトに収まらないんだな。あとは2歳戦をまとめるべきなんだろうけど、さっき行われたドクター・ブッシュ・メモリアル(Gr.III)で新たな勢力図が現れてきたので、ちょっと書き方考えます。

posted by 芝周志 at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2009年04月19日

今更2008年ドイツ競馬を振り返る【古馬グランプリ路線】

2400mをメインとした所謂グランプリ路線で08年の重要なシーンを演じ、主に言及すべき馬は、Adlerflug、It's Gino、Oriental Tiger、Quijano(ABC順)でいいだろう。そこにEgerton、ダービー後のKamsinが絡むといった感じだ。

まずは07年度代表馬Quijano。前年同様ドバイからシーズンをスタートし、シーマクラシック(ドバイGr.I)でよく追い込んでの4着。一息入れて6月15日にミラノ大賞(伊Gr.I)に進み、相手も楽になってGr.Iのタイトルを堅実に獲得。ある意味国内サービスも含め、7月20日ドイツ賞に向かう。

ここで一旦Quijanoを離れ、舞台をドイツに移そう。春の古馬初戦グランプリ・アウフガロップ(Gr.III)で癖馬Oriental Tigerがヘリアーの手綱で逃げ馬として開花、デビュー戦以来の勝利を手に入れると、良馬場のゲーリンク賞(Gr.II)でも快走劇を見せてコースレコードを塗り替える。続くバーデン企業大賞(Gr.II)では1番人気に支持され三度大逃げをかますが、ここでは元来の気の悪さの方が勝り勢い尽きて直線入り口で失速、その後一息入れざるをえなくなる。

Oriental Tigerが飛べば実績でEgertonが先頭に躍り出る番となったはずだが、その内を力強く差し切ったのが重賞初参戦の5歳馬It's Ginoである。オープンクラス中心にウォッチしている人には新星登場と目に映ったはずだ。しかしこの馬を予てから知る者にとっては、あの逸材がやっとここまで辿り着いたかという思いであった。2歳デビュー戦で見せた強さは印象強く翌年のダービー候補の1頭に数えられていたのだが、故障で3歳を棒に振り、厩舎もオストマンからヴォヴチェンコに移って1からの出直しとなった。ヴォヴチェンコは決して無理使いをせず慎重に条件を選んで勝利を重ね、6戦6勝ながらここで初めて重賞に挑み、5歳にして無敗でタイトルを手に入れたのである。関係者一同感無量であったことだろう。

続いて挑んだのがダービーウィークのハンザ賞(Gr.II)。この年から距離が2400mに延長され、好メンバーも集うため、伝統を鑑みてもGr.Iに格上げしていいんじゃないかと思えるくらいだが、ダービーに賞金注ぎ込んでるので、こっちにはこれ以上加算できないのだろう。それはさておき、ゲーリンク賞で仕上がり不足のまま7着に沈んだ前年ダービー馬Adlerflugが上積みを見込んで参戦、上昇馬It's Ginoとの対決となった。しかし開幕2日目のハンブルクは重の鬼Adlerflugにとって軽過ぎたようで、重戦車のような走りは披露できず、3着好走に留まる。一方It's Ginoは後方の競馬から向正面で徐々に前へ進出し、4コーナーでは早くも先頭へ。「なんたる自信!」と実況のチャップマンが叫ぶほどの堂々たる走りで8連勝も確実と思われた。しかしその外を2年前の再現とバーデンのリベンジとばかりにEgertonが猛然と追い込んできて、ゴール前で見事It's Ginoを差し切る。7歳でこのパフォーマンスができるこの馬は本質において実にレベルが高い。ただGr.Iで上手い具合にベストに嵌らないため、とことん名バイプレイヤーに収まってしまっているのが残念だ。この後2000mのダルマイヤー大賞 - バイエルン・ツフトレネン(Gr.I)に悲願のGr.I獲得を目指して挑むが、見せ場作れず5着に敗退。その後年内休養に入り、今年の予定はまだ聞こえてこない。

それにしても、ハンザ賞で最も強いレースを見せたのはIt's Ginoだった。これに地元サービスを含めたQuijanoと、この年3戦目で言い訳の利かなくなったAdlerflugがドイツ賞(Gr.I)でぶつかる。ここで空が味方したのはAdlerflug。渋る天気がレース前には大雨となり、ただでさえアップダウンがきついデュッセルドルフの馬場は猛烈な力勝負の場となった。こうなれば重の鬼Adlerflugの独壇場で、苦しむQuijano、It's Ginoを尻目に7馬身+6馬身差に引き千切って圧勝。Quijanoの持ちレート(GAG99.5kg)が高かったお陰もあり、ドイツ馬久々三桁のGAG100.5kgももらってしまった。It's Ginoにとっては初めての負けらしい負けだ。

AdlerflugとIt's Ginoはこの後9月7日のバーデン大賞に向かい、Quijanoは同じ日に行われるカナダのノーザンダンサー・ターフ(加Gr.I)へと旅立った。Quijanoはそこでフランスからアメリカへ移籍していたChamps Elyseesの鼻差2着となり、相変わらず国外でのパフォーマンスの良さを発揮する。もっとも秋の大目標としたカナディアン国際(加Gr.I)では余力尽きたか9着と惨敗しシーズンを終える。今年もドバイからスタートしたがイマイチ勝負に絡めず、さすがに力の衰えを認めざるえなくなってきた感じだ。

さて、ハンザ賞の1週間後に行われた独ダービーではKamsinが優勝し、古馬たちの対決の舞台へと乗り込んできた。その第1戦が8月17日ケルンのラインラント・ポカール(Gr.I)である。ここにはキングジョージでDuke of Marmaladeと叩き合い½馬身差の2着となったPapal Bullが登場。ドイツでは大物扱いの英国馬久々登場に対し、Kamsinがどれだけ通用するかがレースの焦点となった。しかし蓋を開くと、この2頭とは別の馬が全ての注目を奪ってしまった。Oriental Tigerである。春のバーデンで暴走気味に走って失速し一旦休養に入っていたこの癖馬は、ここでも再び大逃げをかましたのだ。だが気力回復したOriental Tigerの走りは決して暴走などではなく、自信満々の大逃走だ。向正面で14、5馬身引き離し、4角でも10馬身は前にいたこの馬の脚は衰えることなく、最後は流しながらゴール。激しい2着争いを繰り広げていたKamsin(2着)とPapal Bull(3着)に7馬身差の大圧勝である。GAGもAdlerflugを超える101kgがつき、古馬最強の地位に躍り出た。

こんな逃げ馬は英仏にもいないだろう。凱旋門賞を含めた秋への期待が否応無しに高まった。しかしその期待と夢は1週間後、右後ろ足の亀裂骨折で儚く消し飛ぶ。更にドーピング検査に引っ掛かり(治療薬物で、能力増強目的ではない。凱旋門賞のディープインパクトのようなもの)、ラインラント・ポカールも失格となって、Kamsinが繰り上がり優勝となってしまった。そして止めの悲劇が起きる。10月12日朝、Oriental Tigerは馬房の中で死んでいたのである。早朝5時前に飼葉係が厩舎に入った時には何ともなく、普通ににんじんをもらって食べていたという。だがその僅か後に厩舎内から激しい音が聞こえたので再び中に戻ると、Oriental Tigerは立ち上がってはいたが明らかに様子がおかしく、すぐに獣医へ連絡をとった。しかし再度馬房に戻ったときには既に手遅れで、Oriental Tigerは倒れ息絶えていたという。死因は骨盤骨折。だが事故の原因は不明のままだ。あまりに悲し過ぎる最期である。レース失格もあり、年末に発表された年度GAGは98kgに修正されてしまったが、この馬を知る者全ての心には、今もGAG101kgとして刻み残されているに違いない。

結局またしても長くなってきてしまった。気を取り直してラストスパートだ。

9月7日バーデン大賞(Gr.I)には、Adlerflug、It's Gino、Kamsinが相まみえた。馬場が5.7の重となり、Adlerflugが1.6倍の圧倒的人気を集める。レースは前年英セントレジャー馬Lucarnoが淀みないペースで引っ張り、ラストの地力が物をいう展開となる。後方にいたAdlerflug、It's Gino、Kamsinのうち、まずAdlerflugが3、4コーナーで動き始め、It's Ginoがその外に付いて上がる。直線、It's Ginoが馬場の良い大外へ持ち出し、Adlerflugが中央外目、そして馬場中央にKamsinがスッと入り込んで、3頭の勝負に絞られる。体勢はこの馬場で利のあるAdlerflugに優勢と見え、It's Ginoは直線半ばで水を開けられる。。しかし、喰らい付くKamsinに対しAdlerflugの方が先に息切れし、残り50mで08年ダービー馬が前年ダービー馬を抜き去った。力勝負でAdlerflugを下した価値は非常に高い。それまでのレース振りは勝ってもどこか本当の強さに対し何か足りないものを感じさせていたのだが、このレースに限ってはKamsinの強さを認めざるをえないだろう。

オーナーのゲルトナー氏は病気療養でバーデンの療養所にいたため地元ハンブルクでの愛馬優勝には臨席できなかったが、ここには車椅子で駆けつけ、喜びに浸ることが出来た。フランツ・ギュンター・フォン・ゲルトナー氏(Franz Günther von Gaertner)は1988年にハンブルク競馬クラブ理事長に就任し17年間ダービーの開催に尽力、また1991~99年にはディレクトリウムの理事長も兼任し、近年のドイツ競馬を支えた最も中心的人物である。また共同持ち馬組織ブランケネーゼ(Rennstall Brankenese)のメイン出資者にして実質的オーナーであり、Samum、Schiaparelli、そしてKamsinという3頭のダービー馬を輩出した。バーデン大賞で最高のパフォーマンスを見せたKamsinを高い追加登録料を投じて凱旋門賞へ向かわせたのは、終わりの時を間近に覚悟したゲルトナー氏の最後の夢だったのだろう。11月15日、ゲルトナー氏は多くの競馬関係者に惜しまれつつこの世を去った。

2着となったAdlerflugは凱旋門賞に登録があったものの自重し、10月19日ミラノのジョッキークラブ大賞(伊Gr.I)に標準を合わせる。しかしイタリア競馬がストのため開催中止となり、結局Adlerflugはそのままシーズン終了となってしまった。今年はエプソムのコロネーションカップ(英Gr.I)を当面の目標にしているようだが、全ては調子と馬場次第ということらしい。

而してドイツから凱旋門賞にはKamsinとIt's Ginoが向かうことになった。It's Ginoは、如何に馬場が合わなかったとはいえ、この2戦の敗北により頭打ちの感は否めず、凱旋門賞は少々背伸びし過ぎではないかという気がした。オイローパ賞(Gr.I)が手薄となって3歳牝馬のBaila meが優勝したことを考えれば、こちらで容易にGr.Iタイトルを手にすることもできただろう。だが陣営は強気だった。

このレースはメイショウサムソンも出ていたし、多くの人が繰り返し見ているだろうから、ここでレース展開を振り返る必要もないだろう。一応YouTubeの映像を貼り付けておく。

3、4番手からSchiaparelliの内を突いてIt's Ginoが抜け出してきたときには鳥肌が立った。98年Tiger Hill以来の大殊勲だ。春のバーデンでこの馬が本馬場に現れたとき、一体どれだけの人がここまでの快挙を予想したであろう。既に3年前からこの馬には期待を持っていた。とんとん拍子に来ていれば、もっと早い段階で世界を夢見ることも夢砕けることもあっただろう。しかしこれだけ苦労と下積みを重ねた上で辿り着いた凱旋門賞3着である。Zarkavaは強かった。歴史に名を残すべき名牝である。3着とはいってもSoldier of Fortuneとの同着だ。しかしIt's Ginoとヴォヴチェンコ師他関係者には、惜しみない賛辞を送りたい。

Kamsinはゲルトナー氏の想い届かず、見せ場ないまま11着に敗退する。3歳牡馬編でも書いたが、重馬場依存の側面は否めないのであろう。ただまだまだ伸びる余地はあるし、古馬になった今年にその成長を期待したい。始動は4月26日ゲーリンク賞の予定だ。

It's Gino陣営はレース直後ジャパンカップへの参戦を表明したため大いに期待したのだが、その後軽傷をレース中に負っていたことが分かり、年内のレースは終了。剥離骨折をしていたようで、骨片除去手術をして、水中トレーニングを含め既に調教を再開しているという。復帰は6月末から7月上旬の目標で、国内ならハンザ賞ということになるだろう。最終目標はもちろん凱旋門賞優勝である。

最優秀古馬は、Gr.I未勝利ではあるがやはり凱旋門賞3着を評価し、It's Ginoとしたい。仮に順調であったらOriental Tigerが全てを覆していたのではないか、という思いは捨てきれないが、そこは飽くまで心の評価に留めたい。先日16日に発表されたとおり2008年度代表馬もIt's Ginoが選出された。年度代表馬となると実はGr.I未勝利というのが引っ掛かって、私はやや躊躇いながらもGr.I(一応)3勝のKamsinに1票投じたのだが、得票率48.0%対40.6%ならバランスの取れた評価ではあり、納得できる範囲だ。実際個人的思い入れはIt's Ginoの方にあるし。

他界したOriental Tiger以外、今年もここに主として挙げた馬たちは現役続行予定である。Quijanoには力の翳りが見られるものの、It's Gino、Adlerflug、Kamsinには期待したい。そしてIt's Ginoやその前年のQuijanoのように、古馬になって頭角を現す馬の出現も楽しみだ。そういう意味では既にValdinoという馬が候補として挙げられる。この馬については、エントリーを改めて簡単に触れる予定だ。

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2009年04月06日

ダービー2着馬Ostlandが今期最初の重賞制覇

金曜の晩から土日にかけて桜を撮りまくってたので、08年回顧古馬編はまだちょっと手をつけただけっす…。とりあえず、桜の写真もご覧いただけたら嬉しいかと。

http://www.flickr.com/photos/shibashuji/tags/cherryblossom/show/

というわけで、今年の重賞が始まってしまった。古馬2200mのグランプリ・アウフガロップ(Gr.III)を制したのは、昨年のダービー2着馬Ostland。Solapur、Stella di Quattro、Duellantが前を争う形でやや速めのペースを作り、最初のゴール前を通過。向正面で一旦落ち着きかけるとDuellantが前に出て、ペースの中だるみを抑える。Ostlandは6番手でじっくり付いていく展開。最終コーナーを回ると人気薄のDwilanoが先頭に躍り出て、非常にいい手応えで突き進む。昨年もこのレースで2着に入って穴を開けているし、「これは!?」と思わせたが、外からAmbassador、内から後方にいたZaungastが抜け出してきて、Dwilanoを捕える。更にその真ん中を突いて伸びてきたのがOstlandだ。ラスト100mは3頭の叩き合いになり、外のAmbassadorを頭差抑えてOstlandが先頭でゴール。初の重賞を制した。

ダービー2着馬というと、私が見てきた限りでは2003年のRamsom O'Warの後、どれもイマイチに留まる馬が多く、Ostlandも昨年のバーデン大賞4着やオイローパ賞5着という成績からも、Dickensあたりと同じ道を歩みそうな気配がプンプン漂っていたのだが、何はともあれ重賞を1つ勝ったことで多少の面目は保った。

しかし直線で追い出してから伸びるまでがズブいというか、この後面子レベルが上がったらやはりイマイチ止まりになりそうな雰囲気ではある。そもそもAmbassadorが最後に外へ少し膨れてロスしてるし、運が良かったという部分は否定できない。父がLandoなので、まだ成長力と意外性を秘めてるかもしれなが、さてどうやら。

Ambassadorはよく分からない馬なのだけど、今年からラウ厩舎を引き継いで調教師デビューしたムンドリー元騎手にとっては、褒められてしかるべき重賞デビューだったといえるだろう。

posted by 芝周志 at 01:16| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2009年04月02日

今更2008年ドイツ競馬を振り返る【3歳牝馬】

落ち込み続ける売上と財政難に苦しむドイツ競馬界は、2008年にディレクトリウムへの中央集権化を強める構造改革と同時に、番組編成にも改変の手が加えた。その中で最も大きな目玉として着手されたのがディアナ賞(独オークス)の施行期移行(6月第1週→8月第1週)であり、それに伴う3歳牝馬路線の変更である。総賞金を前年の35万ユーロから40万ユーロへアップし、直前の追加登録を可能とすることで、愛オークスからヨークシャーオークスの間に位置する牝馬Gr.Iとして、ディアナを欧州有力馬が集うレースにしようという思惑である。もっとも実際に国外から参戦したのは直前に準重賞3着というフランスのTres Rapideだけだから、この思惑が成功したとは云えまい。しかし売上自体は前年を上回ったので(賞金上積み分には届かなかったが…)初年度としてはよしとすべきだろう。そしてそれ以上に、このレースに集った牝馬たちのその後の活躍が、ディアナの評価を引き上げることになる。では前置きが長くなったが、前哨戦から順に振り返っていこう。

流浪の名称シュヴァルツゴルト・レネン(Gr.III)を引継ぎ重賞に格上げされた独1000ギニートライアルに早速登場したのが前年2歳牝馬女王Love Academyと、前年モーリスラクロア・トロフィー(Gr.III)2着でマルセル・ブサック賞(仏Gr.I)に挑戦し6着となったPeace Royale。大方の予想として3歳牝馬路線はこの2頭を中心に進むと誰もが考え、レースもPeace Royale1着、Love Academy2着という結果となり、この時点では予定調和的な雰囲気が漂っていた。

しかしこのレース中に落鉄して走ってしまったPeace Royaleはその後調教での調子が上がらず、本番を回避する。よって牝馬クラシック第1戦独1000ギニー(Gr.II)は、Love Academyとレジーナエレナ賞(伊1000ギニー・Gr.III)を制してきた英国馬Love Of Dubaiに人気が集中した。だがここを制したのは、唯一休み明け直行で挑んだ前年ヴィンターケーニギン賞(Gr.III)3着のBriseidaであった。シュヴァルツゴルト・レネン3着のRosenreiheを、中団から馬群を割って抜け出したBriseidaが一気に交わし、2½差をつけた楽勝である。Love Academyは4着で期待の結果を残せず、このまま戦線を離脱、引退ということになる。Briseidaはその後国外マイル牝馬Gr.Iに挑戦、ニューマーケットのファルマスS(英Gr.I)5着、ドーヴィルのロトシールト賞(仏Gr.I、旧アスタルテ賞)7着となり、国内に戻って9月バーデンのエッティンゲン・レネン(Gr.II)でも余力なく8着最下位に敗れ、残念ながら一発屋の印象を残してシーズンを終えた。

一方、1000ギニーを回避したPeace Royaleはディアヌ賞(仏オークス・Gr.I)を視野に入れながらも結局調整間に合わず、ハンブルク開催の古馬混合牝馬マイル戦シュピールバンク・ハンブルク賞(Gr.III)で戦線復帰し、4歳Flashing Colorの激しい追撃を僅差で制して8月のディアナ賞へと向かう。

この2日後に施行されたユングハインリヒ・ガーベルシュタープラー大賞(Gr.III)は昨年まで古馬参加の牝馬中距離戦であったが、この年から3歳限定となり事実上のディアナトライアルとなった。ここを2着Ashanteeに3馬身差をつけて快勝したのが最低人気のLady Marianである。それまで専らフランスで走り5戦未勝利という未知の馬を誰が支持できよう。だがこの勝利は、その後の快進撃の単なる始まりに過ぎなかった。また2着のAshanteeも人気薄で、激しい雨の中行われたこのレースそのもののレベルが問われかねないところだが、Ashanteeもその後8月24日のヴァルター・ヤコプス牝馬賞(Gr.III)を制しており、単なるフロックでないことを証明している(余談だが戦前の名門グラディッツ牧場の勝負服が重賞を制す姿はどこか感慨深い。)

ディアナ本番に触れる前に、あと2頭紹介しておかなければならない。6月15日ウニオン・レネンの日にケルンで行われたディアナトライアル(Gr.II)は、Lady Marian同様ヴァルトロマイ厩舎でフランスの名手ブフ騎乗のBaila meが制した。前走シャンティイの未勝利戦を勝ってデビューし、返す刀で本国の重賞制覇である。ドイツのミュールハイムを拠点としながら、数年前より実質フランスを主戦場としてきたヴァルトロマイ師の戦略が、Le Miracleの2007年カドラン賞(仏Gr.I)制覇を皮切りに、その効果の範囲を更に広げてきた。

触れておくべきもう1頭はシュヴァルツゴルト・レネン3着、独1000ギニー2着と、人気薄ながら好走していたRosenreiheである。1000ギニー後この馬はドルトムントの古馬混合2000m戦ヴィルツシャフト大賞(Gr.III)、フランクフルトのマイル戦大ヘッセン・マイレ(Gr.III)で牡馬と対戦、4着、5着と見せ場なく終わり、距離選択の上でもディアナ臨戦過程としては疑問の残るステップを歩む。よって本番では改めて人気を落とすことになった。

迎えた記念すべき第150回ディアナ賞(Gr.I)、良馬場に恵まれたグラーフェンベルクの森で1番人気に支持されたのは安定した強さを誇るPeace Royale。しかし距離不安もありオッズは4.2倍で信頼の人気とは云えない。2番人気に良血開花を期待されたユングハインリヒ・ガーベルシュタープラー大賞(Gr.III)5着のSalve Germaniaが支持された辺りに、混戦ムードが読み取れる。スタートが切られると16頭が互いに出を窺うスローの中、ブフ騎乗のLady Marianが自らペースメーカーを買って出た。馬群は出遅れたIanapournaを除いてほぼ固まり、Baila meとPeace Royaleが外内にほぼ並んで4、5番手、Rosenreiheは馬群最後方から2番手で道中を進んだ。お結び形コースの向正面コーナーを回る際、2番手にいたホランド騎乗のPorta Westfalicaが強引に先頭へ割り込んだため、Lady Marianは思わず首を上げてブフも立ち上がり、かなり危険なシーンとなって内3番手に下がる。だがそこですぐに落ち着いたLady Marianの胆力は大したものだ。直線に入ると2番手にいた唯一の国外参戦馬Tres Rapideが先にPorta Westfalicaへ並びかけ抜け出しにかかるが、Lady Marianはその外へ持ち出してジリジリと交わす。登り坂の力勝負で完全に先頭へ抜け出すと、一瞬Peace Royaleが内を突いて挑みかかるが、やはりスタミナ不足かそれ以上伸びない。Baila meも外からジワジワ追い込んでくるものの、Lady Marianを捕えるには勢いが足りず、ほぼ決着が付いたかと思われたその瞬間、大外から水色の勝負服が猛烈な勢いで飛んできた。Rosenreiheである。直線に入っても前が塞がり馬群を抜け出せず、シュタルケが強引に外へ持ち出して追い出しにかかったのが残り200m地点だ。ここから強烈な末脚を発揮し、Lady Marianを首差交わしたところがゴールであった。シュタルケの執念が、燻っていたRosenreiheの力を一気に爆発させたような目の覚める勝利である。一方道中不利を被りながらも終始自分のレースを貫き、3着以下を完全に抑え切ったLady Marianの強さも一際目立ったレースだった。

ディアナ賞は更に、上位馬のその後の活躍によってそのレベルの高さを裏付けられる。

5着Peace Royaleはマイルに距離を戻してエッティンゲン・レネン(Gr.II)に出走。英国馬Loveraceに敗れるものの、ジャックス・ポカール(Gr.III、旧ハンブルガー・マイレ)勝馬Sehrezadを抑えて2着を確保し、未対戦のPrecious Boyを除けば、他のマイル牡馬陣を上回る強さを証明した。その後年内は休養し、今年に入りドバイで1600m、1700mのGr.III戦に出走するが、共に4着というやや期待を裏切る成績を残して帰国。今のところ現役続行の方向で調整中だ。

人気薄ながら4着に粘ったフランス馬Tres Rapideは本国に戻り、ロワイヤリュー賞(仏Gr.II)2着、フロール賞(仏Gr.III)3着となって、重賞で互角に戦える力を示した。

そして3着のBaila me。ヴァルトロマイ師らしく再びフランスへ乗り込みヴェルメイユ賞(仏Gr.I)に挑戦、残念ながら9着に惨敗するが、帰国後中1週でオイローパ賞(Gr.I)に参戦、牡馬陣営に挑む。この年のオイローパ賞は人気薄のダービー2着馬Ostlandがバーデン大賞4着後のここで1番人気になっていたくらいで、率直に言って例年よりもメンバーの質が落ちる。国外からはオブライエン厩舎が珍しく3頭もドイツに送り込んできたが、その1番手が独ダービーで6着だったKing Of Romeである。しかし曲がりなりにもGr.Iのタイトルを取りに来た他の牡馬陣を振り払い、嵌ったときの鬼脚には定評あるPoseidon Adventureとの激しい叩き合いを制して勝利したのがBaila meである。ヴァルトロマイ師にとっては国内初Gr.I制覇だ。

残るディアナ上位2頭、1着のRosenreiheはオペラ賞(Gr.I)へ直行、2着Lady Marianもオペラ賞に標準を合わせるが、間にドーヴィルで行われた牝馬重賞ノネット賞(Gr.III)で一叩き入れる。しかもヴァルトロマイ師はブフへ最後尾に控える競馬を指示し、道中見事な折り合いを付けて、直線で馬群を割って快勝。どこからでも競馬が出来る自在性を身に付けたLady Marianは、1年のうちで最も華やぐ凱旋門賞デイのロンシャンへと向かった。

ドイツからオペラ賞へ参戦したのは、Rosenreihe、Lady Marianと古馬のFair Breezeの3頭。ちょっとフライングして古牝馬の方の話をしてしまうが、Fair Breezeは春に仏Gr.II、Gr.IIを連覇し、ミュンヘンのダルマイヤー大賞-バイエルン・ツフトレネン(Gr.I)でドイツ馬最先着の3着に入る等、古牝馬としては唯一頭ハイレベルの成績を残していた。その後もGr.II、Gr.IIIを2着であったから、オペラ賞出走馬としての資格は十分であった。しかし中団後ろ目でレースを進め、直線では全く伸びることなく最下位に沈む。シーズンを通じて使ってきたため、最早お釣りのない状態だったのだろう。それゆえ、この後遥々京都までやってきてエリザベス女王杯(GI)に参戦したときは、「ホーファーさん、さすがに日本の牝馬はそこまで甘くないよ。」と思ったもので、結果はご存知の通りだ。これで日本での評価が低くなってしまっているのなら残念である。日本馬のレベルが十分高いのは確かだが、アウェイである日本の秋競馬にメインシーズンを終えた欧州馬が万全な状態で参戦できる方が稀なのだ。この辺、日本の国際レースのあり方が問われるところではある。

閑話休題。ディアヌ賞馬でヴェルメイユ賞も勝ったZarkavaが凱旋門賞へ向かったため、圧倒的な馬は不在ながら、ヨークシャー・オークス(英Gr.I)、メイトロンS(愛Gr.I)を連覇してきたLush Lashesが抜けた人気を集めたオペラ賞。そのLush Lashesが馬群中央を進み、Lady Marianと鞍上ブフはそれをピタリとマークして真後ろにつけた。シュタルケ鞍上のRosenreiheはディアナ賞を再現すべく最後方から。直線に入るとLush Lashesがインを突いて抜け出す。鞍上マニングの騎乗は完璧だった。しかしブフの腕はそれを上回った。今では若いスミヨンやパスキエが華やかな脚光を浴びるフランスジョッキー陣だが、90年代のリーディング常連であったブフの手綱捌きは、今も燻し銀の光を放つ。それは馬群がいつどこで開くかを熟知しているかの如きタイミングだった。Lady Marianはノネット賞で予行演習済みだ。まさに馬群の隙間をかち割って一気に抜け出した。そして内のLush Lashesを並ぶ間もなく抜き去り、1½差でゴール。完勝である。Rosenreiheは直線外に出して一瞬伸びかけるも、ディアナの再現とはいかず、10着に終わった。ドイツ馬によるオペラ賞制覇は、まだGr.IIだった1991年のMartessa以来の快挙である(あの時が私の初めてのロンシャンで、馬連で軸にしながら紐を外し、単勝約50倍を買ってなくてえらく悔やんだ思い出が…)。ヴァルトロマイ師は前年のカドラン賞に続き、凱旋門賞デイGr.I連覇であり、前週オイローパ賞に続く2週連続Gr.I制覇となった。

Lady Marianはその後ニューマーケットでセリに出され、ゴドルフィンが200万ユーロで落札した。そして先日、青い勝負服のデットーリを乗せてドバイ・デューティーフリー(ドバイGr.I)に登場、ウォッカとの対戦と相成った訳なのだが、全く仕上がってなかったのか最下位に惨敗する。ウォッカもダメだったし、そういう意味では残念なレースだったが、しかしそれはそれ。08年に見せたLady Marianの活躍は、200万ユーロの価値が十分にあったと思う。

Rosenreiheはこのまま引退。繁殖に上がる。11月段階の記事によれば、Samumを付けることになるそうだ。

さて、ドイツの08年代表馬選考が漸く告知され、今週末まで大衆紙ビルトのサイトで投票受付しているが、そのノミネート馬3頭のうちに選ばれている通り、Lady Marianのパフォーマンスは秀でたものであった。少なくとも3歳牝馬代表はこの馬で決定である。

とまあ、3歳牡馬編よりやたら長くなってしまったが、書き始めてから確認のために調べ直していたら、記憶以上にこの路線が充実して面白かったため、こんな有様となってしまった。せめてドバイの前には仕上げておくべきだったのだけど…。

今週末には今シーズン最初の重賞もあるし、古馬編は出来るだけサクッといきたい。古牝馬に関しては、今回既述のFair Breezeの話で全てだし、省略予定。

posted by 芝周志 at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬