2011年10月09日

Danedream、凱旋門賞を勝利するまで


 2010年5月、バーデンバーデンの南西にある小さな町アーヘルンで1本の電話が鳴った。電話を受けたのはこの町で家具センター"Möbel RIVO"を営むヘルムート・フォルツ(Helmut Volz)、かけたのはディルク・アイゼレ(Dirk Eisele)、サラブレッド売買エージェントBBA Germanyの代表だ。アイゼレはその日、バーデン競馬場で行われていた春季ブリーズアップ・オークションにおり、トレーニング・セールに出されていた1頭の2歳牝馬に目を付けたのである。

 「いい馬が1頭いるんですよ。今日のオークションで一番興味がある馬なんです。」

 フォルツは話を聞いて、アイゼレに落札へのゴーサインを出した。ブリュンマーホフ牧場(Gestüt Brümmerhof)から出品された父Lomitas、母Danedrop(母父Danehill)の仔Danedreamは、こうしてアイゼレによって9000ユーロで落札され、フォルツが所有することになったのである。

 Danedreamはこの時点まで、既に生産牧場であるブリュンマーホフの所有馬としてシールゲン厩舎に預けられ、調教されていた。しかし目立たない馬だったらしく、牧場主のグレゴール・バウム(Gregor Baum)はとっとと売り払うことを決めたようである。主取りのための落札下限額も提示していなかったそうだ。

 だがセリ会場でのDanedreamは一味違ったらしい。この馬にいい気配を感じ取ったのはアイゼレだけではなかった。トレーニング・セールでこの馬の背に跨っていたシールゲン厩舎2番手騎手のミナリクも、この時好感触を感じ取っていて、彼の故郷チェコから買い付けに来ていた客に売り込んでいたというのだ。たった9000ユーロである。ミナリクがもう少し熱心に故郷からの客を焚きつけていたら、もしかしたらDanedreamはチェコでデビューすることになり、運命は大きく変わっていたかもしれない。

 結果としてフォルツの手に渡ったDanedreamは、そのままシールゲン厩舎に残り、早くも6月20日、ウィッサンブール競馬場でデビューした。

 ウィッサンブール(Wissembourg)??? どこよそれ?

 ということで調べてみると、アルザス地方にある小さな町の競馬場で、グーグルマップで見ると如何にもな田舎競馬場であった。しかしそれでもドイツの未勝利戦が賞金総額5000ユーロ程度なのに対し、この時のレースは総額12000ユーロである。2着に2馬身半差のデビュー勝利を飾ったDanedreamは、早速1着賞金6000ユーロを獲得した。
*のんびりブログ記事書いてる間にどっかから映像を見つけてYoutubeにアップした人がいたよw →Danedreamデビュー戦(直線のみ無音)

 因みに7頭立てだったこのレースの結果をよく見ると、1〜3着をドイツ馬が独占しており、最下位もドイツ馬である。アルザス地方はドイツからは国境を跨いですぐだし、賞金稼ぎにはおいしいことこの上ない。とはいえ、普段注目されるような馬たちは大抵国内の主要競馬場か、国外でも著名な競馬場ででデビューしているので、6月という早い時期にこういうところでフランスの低級馬相手に賞金をかっさらっておこうというのは、それほど長い目で見られていないタイプの馬が多いと思われる。そういう意味でDanedreamも、落札額同様にこの段階では厩舎内で決して高い評価の馬ではなかっただろう。フォルツ自身もDanedreamを購入当初、地元バーデン地方から近く、賞金はドイツよりも高いこの辺りの競馬場で2、3勝あげる程度に走ってくれればよいと考えていたということだ。

 それでもデビュー戦で勝利をあげたことで、2戦目はケルンのリステッド競走オッペンハイム・レネンに挑戦する。そして2歳ではトップレートをつけることになるAcadiusの3着と好走した。この辺でフォルツも、地元近くで卒なく走ってもらって楽しもうという期待度ではなくなってきたのだろう。続けて再びフランスへ行き、ドーヴィルのリステッド競走Criterium du Fonds Europeen de l'Elevageに出走させた。だが1着入線するも3着に降着となってしまう。もっともここで陣営に更なる色気が出た。思い切って凱旋門賞当日の2歳牝馬G1、マルセル・ブーサック賞に挑戦したのである。しかしさすがにこの時のDanedreamには、このクラスはあまりに敷居が高すぎたようで、見せ場なく6着に終わる。その後はドイツ国内戦に戻り、2歳女王決定戦ヴィンターケーニギン賞(G3)で、3番人気で3着と順当な走りを見せて、Danedreamは2歳シーズンを終えたのである。

 こうして2歳戦を振り返ると、デビュー当初から徐々に期待値を増す好走をしたと言えるだろう。とはいえ、大物感を漂わせるほどでもなかった。正直なところ、この段階で3歳での成長ぶりを見越していた者は、誰一人としていなかったはずだ。ヘルムートの息子ハイコー・フォルツ(Heiko Volz)曰く、冬の間は誰もDanedreamの話題などしていなかったという。因みに私も、何となく名前の字面だけ頭の隅に残った程度で、翌春イタリア・ダービーに出ていたときは、改めて調べ直す必要があるほど忘れ去っていた。

 明け3歳。初戦をミラノのリステッドで4着、続いて果敢に牡馬と混合のイタリア・ダービーに挑戦して3着と健闘し、ダントツの1番人気に押されたイタリア・オークスでは、期待以上の圧勝劇を演じた。

 > 5月7日 イタリア・ダービー(伊G2) 3着
 > 5月29日 イタリア・オークス(G2) 1着

 このイタリアキャンペーン、私はシールゲン厩舎がヴィンターケーニギン賞2着のAigrette Garzetteを期待1番手牝馬と見做していると見ていたため、国内本流はこちらを中心とし、Danedreamは国外ルートからディアナ賞(独オークス)を目指すと考えていた。だが実は、Danedreamはディアナの登録がなかったというのである。6月26日にサンクルーのマルレ賞(仏G2, 2400m)もそのステップだと思っていて、ここで5着となり壁に当たっても、まあ国内で仕切り直せるだろうくらいに考えていた。それゆえディアナの2週間前に古馬混合のベルリン大賞(G1)に出てきたときは正直驚いた。しかも相手はドイツの2強と呼べる存在のScaloとNight Magicである。軽ハンデの有利があるとはいえ、随分とハードルを上げた挑戦をするものだとレース前は誰もが軽視し、人気も11頭立ての8番目であった。だがこの見事な勝ちっぷりである。

 > 7月24日 ベルリン大賞(G1) 1着

 この勝利の直後シールゲンは「これはブリーダーズカップ(フィリーズ&メアターフ)に向けてよい試走になった。多分アメリカへ向かう前に1レース使う。」とコメントしていた。しかしステップとして挟んだバーデン大賞(G1)がまたしても鮮やかな勝利。

 > 9月4日 バーデン大賞(G1) 1着

 BC F&MTを想定し始めたのは、多分イタリア・オークスを勝ってからであろう。春初戦の段階では、間違いなく誰一人、そこまでのチャレンジを考えていなかったはずである。だがこのバーデン大賞の勝利で、BC F&MTどころか凱旋門賞への挑戦プランが浮上してきたわけだ。それでも馬主と厩舎はギリギリまで慎重だった。やはり凱旋門賞は別格である。BCでもF&MTは牝馬限定戦、確実に実利を狙うなら、ここで無理せず予定通り直行したほうがいいというのが理性的判断である。凱旋門賞には登録もしていなかったし、追加登録には10万ユーロもかかる。だが勝利の度に「この馬は自分たちが思っている以上に、レースで強くなっていく」と鞍上のシュタルケがコメントしているとおり、どこまで伸びるか分からない未知の可能性を誰もが感じていた。陣営は熟慮の末、夢にかける方を選んだわけだ。凱旋門賞直前に照哉氏が馬主権利を半分買い取ったことは、恐らくこの決断に決定的影響を与えてはいない。照哉氏の意向が働くくらいなら、全権売っていただろうからだ。明らかに繁殖として手に入れたい照哉氏へ半分というところに、現役中は口出しさせないというフォルツの意思が透けて見えるのである。

 そして凱旋門賞。Danedreamはドイツ競馬界としては1975年Star Appeal以来2頭目という快挙を成し遂げたのである。

 > 10月2日 凱旋門賞(G1) 1着

 このレースについてはもはや私がコメントする必要はあるまい。2:24.49というレースレコードでの圧勝。ドイツ競馬ヲタとしてはまさに感無量である。

 年内はもう1戦使うということだ。一応当初予定通りBC F&MTを狙うか、ジャパンカップに来るか、どちらからしい。凱旋門賞と比較すればどちらも蛇足であろうが、ここで牝馬限定戦に行くより、JCに来てくれたら嬉しいことこの上ない。凱旋門賞後は何事もなかったようにペロッと飼葉を食べ、深夜3時過ぎにケルンの厩舎に戻ったあとも、実にリラックスしていたということだ。遠征はまったく苦にしないらしく、馬運車を見ると耳をピクッと前へ向け、喜んで乗り込むらしい。ミラノへの遠征のときも、10時間の移動中、平気で飯を食い、水をごくごく飲んでたそうである。

 また来年も現役続行予定である。照哉氏に決定権があるなら、とっとと引退させて日本へ連れてくるだろう。しかしそれよりは、牝馬として凱旋門賞二連覇を目指してほしいものだ。

 正直なところ、凱旋門賞後どんどんネタが出てきて、書きたいことは他にもいろいろあるのだけど、もうすでにまとまりない状態まできてしまったので、この辺でやめておく。ただ血統話はドイツ牝系ではないので、私が書くことはないので悪しからず。

【追記】
 kalikolaさんが20歳の厩務員チュンティアちゃんについて書いてます。自分も元記事読んだときこれについても書きたかったのだけど、記事を独立して書けるほど印象的なインタビューだったので、kalikolaさんが取り上げてくれてありがたいです。
 kolikolaのblog「凱旋門賞馬デインドリームについて」
posted by 芝周志 at 01:23| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年10月02日

Danedreamが凱旋門賞制覇!!!

 直線で燃えた!ネットのストリーミング見ながら、ゴールの瞬間叫んだ!

 すげー!すげーーよ!Danedream!!!!!!

 セリで9000ユーロだったこの馬が、今年の春時点で誰がこんな快挙を成し遂げると想像したか?
 馬主も調教師も、誰一人想像出来なかったはずだ。シュタルケがレースの度に言ってる通り、毎度毎度陣営の想像の上を行く結果を残してるんだ。なんて馬だよまったく…。

 レースレコードだぜ?ビックリだよw

 アンドラッシュの雄叫びがネットを通じても心に響いた…。

 おめでとう!アンドラッシュ!
 おめでとう!ペーター!
 おめでとう!シールゲン厩舎のみなさん!

 今はこの感動をとにかくブログに書き残したかったので、後日また改めて書きます。
posted by 芝周志 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年07月07日

第二の男ヨゼフ・ボイコに栄光輝く― 第142回ドイツ・ダービー優勝Waldpark

 3日(日)にハンブルクで行われた第142回ドイツ・ダービーは、ヴェーラー厩舎2頭出しの1頭Waldparkが後方から馬群を見事に差し切って勝利。4戦4勝で無敗のダービー馬誕生だ。2着にはEarl of Tinsdalが先行して粘り、5頭出しのシュレンダーハーン牧場優勢と言われた戦前の予想を覆し、まさかのヴェーラー厩舎ワンツーフィニッシュであった。だが、厩舎主戦のペトロサはEarl of Tinsdalの方に乗っており、Waldparkを勝利に導いたのは厩舎二番手騎手のヨゼフ・ボイコだ。

 今年のダービーは主戦騎手の騎乗馬選択がレース前から大きな話題となっていた。取り分けシュレンダーハーン牧場専属ヒルシュベルガー厩舎の主戦騎手アドリー・デフリースがどの馬を選ぶのかが、前哨戦が終わった後の主要なニュースとなっていた。そしてウニオン勝馬でレーティング1位のArrigoではなく、バヴァリアン・クラシックを勝ったMawingoを選んだことはかなりの驚きを持って報じられた。血統的な距離適正は明らかにArrigoの方がダービーに合っていたためであるが、デフリースは調教での出来でMawingoを選んだとのことである。彼は2年前にも同様にレーティング下位のSuestadoを選んで、勝利はスウェーデンから招聘したヨハンソン騎乗のWiener Walzerに譲ってしまっている。もっとも今回はMawingoがシュレンダーハーン勢最先着の4着となり、デフリースの判断は間違ってなかったことになったが、しかし上位独占が予想された中でのこの結果は、彼にとっても然程の慰めにはならないだろう。

 しかしデフリースの選択ばかり注目されていた一方で、ヴェーラー厩舎のペトロサがEarl of Tinsdalを選んだこともちょっとした驚きではあった。もっともWaldparkが3連勝中とはいえまだ準重賞勝ちまでだったのに対し、Earl of Tinsdalは既にフランクフルトの3歳春季賞(G3)を勝っている。紙面上の実績はEarl of Tinsdalの方が上であるから、距離不安があったとしても、ペトロサはこちらを選んで不自然ではない。だが彼のこの選択に、二番手騎手のボイコは、本当にそっちでいいのかと、驚きをもってペドロサに訊いてしまったそうだ。それほどWaldparkの出来と成長力がよかったのであろう。ただWaldparkの厩務員はボイコのパートナーだということで、もしかしたらペトロサの方にちょっとした義理が働いてたかもしれない。そんな想像は日本人的かもしれないけど(笑)

 ヨーロッパでは、厩舎や馬主と騎手が専属契約していることが多い。そして大手厩舎になると、主戦騎手の他に二番手、三番手扱いとなる騎手も抱えている。1つのレースに2頭出しする場合は、有力な馬のほうに主戦騎手が乗り、二番手騎手はペースメーカー役に任ぜられることがしばしばだ。また多場開催のときは、よりチャンスが大きい、または有望な馬がいる競馬場に主戦騎手が行き、二番手はそうでないほうに行かされる。それゆえ二番手騎手はなかなかビッグレースでチャンスを掴む機会がない。ただ裏開催に行った時などは、トップジョッキーが表開催に集中してるので、結構荒稼ぎしたりはしているし、専属騎手を持たない中小厩舎に有力馬がいて、一方で自厩舎がそれほど期待が高くない馬を出走させるようなときは、主戦は人気薄の自厩舎の馬に乗らなければならないのに対し、余っている二番手騎手が中小厩舎の有力馬の方に乗って勝利するなんてこともよくある。シールゲン厩舎の二番手ミナリクなんかは、そのパターンでG1を何度か勝っている。

 ダービーでは上に触れたとおり、2年前のデフリースが選択をミスった最近の例だが、勝ったヨハンソンは厩舎二番手ではなく、国外からピンポイントで招聘したパターンだ。この手のケースは実は結構ある。だが厩舎二番手騎手がダービーに勝つというのは、それほど多くはない。しかし日本で最も知られているドイツ馬Landoとその父Acatenangoは、実は共にイェンチヒ厩舎の二番手ティリツキが手綱を握っていた。

 このような数少ないチャンスを今年手にし、それを見事ものにしたのがボイコである。1971年3月27日生まれの彼は既に40歳だ(これを確認したときはちょっと驚いた。一応ボイコのことは既に10年近く見てきてるのだから当然あり得る年齢ではあるのだが、今年勝春が40だと気づいたときと同じくらい衝撃だったw)。下積みと裏方に生きてきた男にやっとスポットライトが当たったのである。

 ヨゼフ・ボイコはスロヴァキアの首都ブラティスラヴァ出身のスロヴァキア人である。馬とはあまり縁がなかった家庭の生まれらしいが、1986年、15歳のときにチェコで騎手デビューし、初騎乗初勝利をあげている。東欧の社会主義体制が崩れた翌年1990年にウィーンへ移り、1992年にドイツのホッペガルテンにやってくる。しかし当初は厩務員扱いだったらしい。その後一時ローカル競馬場のゴータに移り、1996年8月、ブレーメンのファネルサ厩舎に雇われることになる。

 ファネルサ厩舎は決して大きな厩舎ではない。重賞クラスに馬を出すこともなく、ボイコも厩務員、攻馬手、騎手を全てこなす厩舎スタッフの一員だ。だがここでボイコは一歩一歩実績を積み重ねていく。ブレーメンという場所もよかったのであろう。現在ラーフェンスベルク牧場の調教施設に厩舎を構えるヴェーラーは、当時ブレーメンにいた。国内リーディングを競う大厩舎が隣にあるのである。そばで大きな刺激を受け、自厩舎の馬の調教をつけ終わった後には、手伝いに行っていたかもしれない。

 90年代後半にボイコは徐々に勝ち星を増やし、2000年には84勝をあげ遂にリーディングベストテン(8位)に食い込んだ。ここで注目すべきは騎乗数だ。1998年368鞍(29勝28位)、1999年408鞍(36勝21位)、2000年747鞍(84勝8位)で飛躍的にその数を伸ばしている。如何に彼が自厩舎以外からの信頼を獲得していったかが分かるだろう。そして翌2001年には778鞍騎乗し86勝でリーディング2位となる。またダービー初騎乗を果たし、18頭立て16番人気のNear Honorで3着に突っ込み、大波乱に一役買っている。

 これだけ活躍すれば更に大手の厩舎から声はかかる。だがボイコはそれらを断った。苦しかった時代に最も支えてくれたのがファネルサ調教師だったからだ。今どきなかなかない義理堅さである。それゆえその後も主に裏開催を中心として、他の主要な騎手が年間500〜600鞍乗る傍ら、毎年700鞍以上、競馬界自体のジリ貧度が高まってレース開催数が減り始めても年間600鞍以上乗り、中小厩舎の馬たちの手綱を握ったのである。(余談だが、ドイツで本格的に競馬を撮り始めた2002年に結構騎手の写真も撮っていたのだが、ボイコはなかなかケルンやデュッセルドルフに現れてくれなかったため、リーディング上位の騎手の中で唯一いつまでも撮れなかったことを覚えている。)

 ファネルサ厩舎に所属して10年が経った2006年暮れ、ボイコに大きな転機が訪れた。ヴェーラーから二番手騎手としてオファーが来たのである。ヴェーラーは前年にブレーメンからラーフェンスベルク牧場の調教場に移っており、このオファーを受けることはブレーメンから離れることを意味する。この時ボイコがどれほど逡巡したかについては分からない。だがこのオファーを結果として受けたのは、既に十分身近によく知っていたヴェーラーだったからであろう。またファネルサも、きっとボイコの背中を押したに違いない。この年の12月30日、ドルトムント最終開催日にファネルサは、全9レースのうち6レースに馬を出走させた。決して大きくない厩舎で1日6頭はなかなかない。ボイコはもちろんその全ての手綱を握った。3勝、2着1回、3着1回、4着1回。ファネルサは巣立つ弟子の花道に目一杯馬を仕上げ、ボイコは長年世話になった師匠の最後の恩に報いたのである。

 大手厩舎に移ったとはいえども、ボイコは二番手騎手としての契約である。ヴェーラー厩舎主戦騎手は3歳年下のエドゥアルド・ペトロサだ。1995年にドイツへやってきたこのパナマ人青年も、しばらく二番手騎手として下積みを重ね、スボリッチが抜けた2002年から厩舎一番手となったのである。エディは着実に腕を上げ、2003年3月のドバイ・デューティーフリーをPaoliniで同着優勝したことで、ドイツ国内での彼の評価は大きく跳ね上がった。それでも下積み時代と変わらず騎乗数も多く、4年連続リーディング1位という実績も、そういった地道な仕事ぶりに基づいている。

 そのようなペトロサとの関係で、二番手のボイコはヴェーラー厩舎に移る以前と変わらず、裏開催に出向く機会が多い。しかし重賞や準重賞が2箇所で開催されているようなときは、ボイコも厩舎の有力馬に乗り、以前に比べて騎乗馬の質が上がったのは確実だ。とはいえ、ボイコが手綱を取って準重賞勝ちを収めたような馬が、次に重賞へ出る際ペトロサが騎乗するということもしばしばである。二番手騎手ボイコが日陰の存在である状況は、基本的には変わらなかった。

 しかし今回遂に、ペトロサがEarl of Tinsdalを選んだ結果とはいえ、Waldparkという無敗の厩舎有力馬に騎乗し、ダービーという競馬界最大の栄誉をボイコは獲得したのである。彼が地道に重ねてきた苦労を、ドイツの競馬関係者やファンは皆知っている。スタンド前へ戻ってきたボイコを、観客はみな大きな拍手と声援で迎えた。実況のチャップマンも彼を称えて大いに盛り上げる。はっきりは覚えてないがこんな調子で。

「調教のときも決して遅刻はしない、どの競馬場でも騎乗する、いつも勤勉な男、ヨゼフ・ボイコォー!」

 これほど清々しい、誰もが幸せに感じるような凱旋シーンもなかなかない。表彰式では2位になった関係者も壇上に上がるのだが、ペトロサは名前を呼ばれたとき、心の中に多少は複雑な思いがあったかもしれない。だがそんな思いを彼は悪ふざけに変えて「ブ〜」と言いながら壇上に駆け上がり、そしてすぐに笑顔を見せて、友達同士が喜びを分かち合うようにボイコと強く抱き合った。「これでよかったんだよ。他の厩舎の馬の後ろで2着になるより、うちの厩舎の馬の後ろでよかった。」とペトロサはコメントしている。

 Waldparkはバーデン大賞に登録しており、恐らくそこではボイコではなく、ペトロサが手綱を握ることになるであろう。そこは二番手契約である者の宿命である。しかし今回のダービー勝利をきっかけに、他厩舎からの有力馬騎乗の依頼は増えるかもしれない。既に40歳であるが、まだ40歳でもある。第二の男ボイコが脚光を浴びる機会が今後増えることを期待しつつ、私も遠く日本から心を込めて言いたい。

 おめでとう!ヨゼフ・ボイコ!
posted by 芝周志 at 03:02| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年07月03日

第142回ドイツ・ダービーです


 どんなに更新の少ない怠慢ブログでも、ドイツ・ダービーだけはスルーしませんよ!

 とはいえもう明日に迫って慌てて書いてるなうです…。

 例年通りドイツの競馬友達ヒネッケ兄弟からダービー展望のメールが届いた。私もさっき一生懸命ドイツ語で予想を書いて送ったところだ(たまにドイツ語書くとしんどい…)。OKはもらっているので、彼らの予想もざっと訳して紹介したい。

 その前に、まずは出馬表。ダービーはGAG(ドイツのレーティング)順に馬番号が決まっている。

馬番号

ゲート番号

馬名

GAG

馬主

調教師

騎手

1

4

Arrigo

95,5

Gestüt Schlenderhan

Jens Hirschberger

K.Fallon

2

18

Ametrin

95,0

Gestüt Schlenderhan

Jens Hirschberger

F.Minarik

3

8

Lindenthaler

95,0

Gestüt Ebbesloh

Peter Schiergen

W.Buick

4

11

Mawingo

94,5

Gestüt Schlenderhan

Jens Hirschberger

A.de Vries

5

7

Ibicenco

94,5

Gestüt Schlenderhan

Jens Hirschberger

T.P.Queally

6

16

Gereon

93,5

Ch.Zschache

Christian Zschache

J.P.Murtagh

7

15

Saltas

93,5

Gestüt Ittlingen

Peter Schiergen

A.Starke

8

2

Brown Panther

93,0

Owen Promotions Ltd./England

Tom G. Dascombe

R.Kingscote

9

9

Theo Danon

93,0

Stall D'Angelo

Peter Schiergen

A.Suborics

10

6

Silvaner

92,5

Frau M.Herbert

Peter Schiergen

T.Hellier

11

3

Earl Of Tinsdal

92,5

Sunrace Stables

Andreas Wöhler

E.Pedroza

12

10

Waldpark

92,0

Gestüt Ravensberg

Andreas Wöhler

J.Bojko

13

14

Sommernachtstraum

89,5

L.-W.Baumgarten u.S.J.Weiss

Waldemar Hickst

St.Pasquier

14

17

Ordensritter

89,5

Stall Nizza

Horst Steinmetz

D.Bonilla

15

13

Tahini

89,0

Gestüt Schlenderhan

Jens Hirschberger

M.Cadeddu

16

1

Appleby

85,5

Stall Schloss Benrath

Sascha Smrczek

D.Porcu

17

5

Mi Senor

84,0

Rennstall Darboven

Andreas Wöhler

Frau St.Hofer

18

12

Hoseo

67,0

Frau R.Sturm

Erika Mäder

H.Grewe



 今年の国外からの追加登録は英国のBrown Pantherのみ。ハンデ戦だが5戦4勝で波に乗ってやってくる侮れない相手ではある。しかしShirocco産駒なのでそれほど敵愾心が起きないのも事実ではあったり。

 さて、ドイツの友人ヒネッケ兄弟の弟マティアスが、これまた丁寧にも全馬の寸評を書いてきてくれた。まずは彼のメールを訳そう。


 2011年ダービーは、絞りきれない難しいレースだ。抜けた馬はいないし、大手厩舎のジョッキーが選択した馬にも驚かされる。ドイツ馬同士の間に差はない。Ordensritter、Mi Senor、Hoseoは圏外だが。Brown Pantherが倒すべき相手ではあろう。

Arrigo: 既に以前から厩舎期待の馬。しかしこれまでのレースから、明確な厩舎ナンバーワンの位置づけではなくなっている。どちからというと渋った馬場のほうがよい。
Ametrin: ステイヤー。見くびってはいけない。
Lindenthaler: 評価が難しい馬だ。自分の感覚としてはステイヤーではなさそう。
Mawingo: 紙面上はステイヤーではない。ArrigoとIbicencoとの間に殆ど差はない。厩舎主戦ジョッキーが騎乗。シュレンダーハーン牧場陣営では、2000mならナンバーワンだろう。しかし更に400mいけるかは疑問。
Ibicenco: ステイヤー。いい馬だ。3着以内には十分考えられる。
Gereon: 小さな馬主調教師の所有馬。このところは不運な騎乗のレースが続いた。3着以内のチャンスは十分にある。
Saltas: 6着以内ならあり得る。だが最後の一押しに欠ける。
Brown Panther: ロイヤル・アスコットで行われた面子の揃ったハンデ戦で、素晴らしいレースを見せた。英国の評価ではG2クラスの馬ということだ。馬主はサッカー選手のマイケル・オーウェン。重馬場ならドイツ馬をまとめて倒すことができるだろう。しかし良馬場だと状況は異なる。
Theo Danon: 2100mまでならいい馬だ。しかしステイヤーではない。それゆえ入着圏内は考えにくい。
Silvaner: (2歳チャンピオンだが)冬の間に十分な成長をしなかった。しかし格言にあるように「その馬のベストパフォーマンスを忘れてはいけない。」
Earl of Tinsdal: 個人的には持久力はあると思っている。一概には言えないのだけど。母はマイラー血統だが、ステイヤーとのかけ合わせでは、更に距離をこなせる産駒を出している。バヴァリアン・クラシック(G3)では落鉄していたので、Mawingoに対する敗北の言い訳は立つ。厩舎主戦ジョッキーが乗り、6着圏内はあり得る。
Waldpark: いまだよく分からない馬だ。私の見立てでは確実に上位には来る。主戦ジョッキーの選択した馬ではないといえども。
Sommernachtstraum: 6着以内ならありえるだろう。
Ordensritter: 気性難の馬。それゆえいい走りを出来ないのだろう。ウニオン・レネン(G2)では軽く進路妨害にもあってる。しかしはっきり言って入着圏内は難しいだろう。
Tahini: 紙面上はステイヤーではない。しかし穴馬としてチャンスはある。厩舎では存外に低く評価されている。今年のヒルシュベルガー厩舎の馬は、どれもチャンスがある。
Appleby: 未勝利馬。スタートが下手なところがある。しかし後から見てみるとスピードはある。入着はあり得るかもしれない。
Mi Senor: 馬主の希望で出走するが、ステイヤーではない。
Hoseo: 同じく馬主の希望で出走するに過ぎない。前の方に来ることも考えられなくもないが、実質的にはAgl.II(ハンデ2級クラス)の馬だろう。

 今年はいろんな可能性があり得る。ドイツ馬の中で抜けた馬は本当にいない。もう一度書くが、Brown Pantherは重馬場では強く、ドイツ馬にとってまず倒さねばならない相手だろう。しかし馬場次第で順位は変わる。はっきりとした順位予想は出来ないが、一応以下のようになる。

1. Brown Panther
2. Gereon
3. Mawingo
4. Arrigo
5. Waldpark
6. Ibicenco.

 Earl of Tinsdaleも加えていいかもしれない。AmetrinとTahiniも理論的にはあり得るのだが、厩舎の戦略の犠牲になってしまうだろう。


 以上、弟マティアスの予想。本命に挙げたBrown Pantherは馬場次第という感じだが、今年のハンブルクの馬場は非常に乾いていて、連日3.3〜3.6というハンブルクではこれまで自分はみたことがないような馬場数値を示している。先ほどネットで中継を眺めたところ、今日は雨が降っていて、馬も外埒に流れてはいたが、明日は内の仮柵が外されるし、内と外で結構伸びそうな感じだ。

 兄のハネスは弟ほど凝ってないのだが、一応ざざっと訳そう。


 今年はシュレンダーハーン牧場の独占状態と層の厚さに混乱させられる。ウニオン・レネンからAmetrinとArrigoはそれほど多くを見せていない。Mawingoはデフリースが選択した馬、Ibicencoは国際的に試されているし、Tahiniは唯一2400mを勝ってる馬だ。高いレベルで層が広がっているのか、それともダービーの勝者はシュレンダーハーン以外から出てくるのか?いずれにせよシュレンダーハーンを無視するわけにはいかない。昨年は散々な予想をしてしまったが(註:本命はMonterossoだった)、今年は以下の6頭で。

Arrigo
Brown Panther
Earl of Tinsdal
Gereon
Ibicenco
Waldpark

 アドリー(デフリース)!すまない!君の馬よりこっちのほうが距離が持つと思うんだ…。
 (ヴェーラー厩舎では)Wald Park(私の好きな馬)よりEarl of Tinsdalを上と見る。主戦のエディーがこっちを選んだからね。英国ではBrown Pantherはドイツ・ダービーでは無敵だろうという評価だが、見てみようではないか。


 ハネスはArrigoを本命にしてきた。元々の期待は一番高かった馬だからね。しかしその割にスパッと勝ちきれないがために、巷の予想を混乱させている原因にもなってるかなと。

 では最後に私の予想をば。

 一応先ほど主要な前哨戦を一気に観直してみたが、レースの印象がよかったのはIbicenco、Brown Panther、Waldparkだった。しかしそのまま単純にこの3頭というわけでもない。

 上にも書いたが、今年は馬場が非常に乾いている。1週間使い込んでいるので、決して馬場状態が良いとはいえないが、今日のレースでも外はよく伸びているし、同時に仮柵が外される直線の内埒沿いは確実に馬場がいい。この辺の要素をどう考慮するかも重要だ。

 恐らくシュレンダーハーンはAmetrinかTahiniをペースメーカーにしてくるだろう。少なくともAmetrinは先行する。ペースが極端に緩くなることはないと考えられる。そうなると定石通りなら、最後に脚を貯めて追い込んでこられる馬が有利にはなる。

 追い込みが効きそうなのは、Gereon、Mawingo、Silvanerといったところ。Gereonは年明け後ズブい競馬で勝負どころではまらず、最後に追い込んで2、3着になってるが、鞍上ボシュカイの衰えも否めず、今回ムルタを迎えることができたことで、タイミングよく大外一気を密かに期待している。

 Silvanerも年明け後イマイチだが、血統的には距離が伸びて更に良いタイプだし、ここで一気にはまる可能性も否定出来ない。

 一方Mawingoは落ち着いて終いを使える馬なのだけど、Tertullian産駒がダービーを勝つのは想像できない、というかなんか嫌だ。ってことで3着までなんじゃないかと(すまない!アドリー!)

 Arrigoにはデビューから潜在力の高さを感じており、この馬自身には結構期待をかけている。しかしまだ馬が出来上がってない感じもし、ダービーは入着までのような気がする。

 シュレンダーハーンの馬ではIbicencoが面白いと思っている。年明け初戦で未勝利を圧勝後、ロンシャンのリステッドで3着。そしてシャンティイのリス賞(仏G3、2400m)でKreem と競りあっての僅差2着(しかも0.5kg余分に背負っている)となり、確実に力を付けている印象を受ける。

 同じくシュレンダーハーンでは、ウニオンで逃げ粘ったAmetrinにも成長力を感じる。ペースメーカーになりそうな気はするが、ミナリクが完璧なペースメイキングをすれば、直線で仮柵の取れた内埒沿いを止まらずに駆け抜ける場面も考えられる。

 Waldparkは3戦3勝でどれも強い勝ち方。潜在能力は高そう。しかしこれまで倒した相手はどれも弱く、このメンバーに入ってどれだけのものはか、やってみないと正直分からない。勝ってしまえば別次元のレベルである可能性もある。主戦のペトロサがEarl of Tinsdalを選んだのにはちょっとビックリしたが、何となく限界の見えてるEarl of TinsdalよりはWaldparkの方が面白そうだ。厩舎2番手のボイコにとっても、一世一代のチャンスかもしれない。

 相手関係が分からないという意味では、Brown Pantherもどれだけのものかはやってみないと何ともではある。一応ロイヤル・アスコットのキング・ジョージ5世Sを見てみたところ、確かに強い。そして父Shiroccoにそっくりだと思った。その印象ゆえに、スタミナのいる馬場でこそ本領発揮するタイプではないかと思う。明日の馬場はちょっと?かも。

 ということで、予想としては以下のとおり。

◎Ibicenco
○Waldpark
▲Gereon
△Arrigo
△Brown Panther
△Silvaner
△Ametrin

 Mawingoも3着はあり得るかなと。しかし3着以内は固いと思わせる馬がいないのも事実。印を付けた7頭のうちどれが勝ってもおかしくはないと思っている。

 ということで、発走は現地時間3日17:35(日本時間4日0:35)。wktkしながら待つとしよう。

【追記】
 マティアスより現地からメールが来た。土曜日の馬場は後から再測定されて4.0(良)になったが、実際にはもっと重くなっているという印象を皆持っているとのこと。夜には一時的に強い雨が降り、まだ止まないので、当日の馬場は重くなるだろうと。それゆえMawingoの可能性は下がり、Arrigo、Brown Pantherのチャンスは広がった、Waldparkも面白そうだってことだ。
posted by 芝周志 at 01:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年04月17日

そろそろドイツ3歳戦線について

 メール・ミュルヘンス・レネン(独2000ギニー・G2)のトライアルに当たるドクター・ブッシュ・メモリアル(G3)を直前に、いい加減2歳戦の振り返りを含めて3歳戦線の展望っぽいものを。

 既に先週デュッセルドルフで最初の3歳リステッドレースがあり、勝ったAcadius(2歳GAG95kg 以下GAGは2歳時のもの)は昨年オッペンハイム・レネン(L)を圧勝して2歳最高GAGをもらっており、ラティボア・レネン(G3)では全く力を発揮せず直線で沈んだものの、完全復調しての復帰とみてよさそう。メール・ミュルヘンスでも確実に人気になるだろう。

 そのラティボア・レネンで勝ったのがGereon(94kg)。3戦3勝で全て楽勝。調教師のクリスティアン・チャッヘ(Cristian Zschache)は同馬の馬主でもあり、ホッペガルテンで小厩舎を構えているに過ぎない。大抵こういうところからいい馬が出てくると、早い段階で大手馬主に売られ、厩舎も大手に移るものだが、チャッヘは今のところGereonを手放す気はなく、春先には久しく誰もチャレンジしなくなったクラシック三冠を目指すと表明していた。ただ春の復帰戦がまだ決まっておらず、クラシック第1戦のメール・ミュルヘンスには直行でない限り間に合いそうにない。また有力騎手は皆どこかの大手厩舎に所属しているので、探し回った結果主戦を引き受けてくれたのが、往年のドイツ・リーディングで今は嫁さんの経営するスイスの厩舎でのんびり現役を続けているボシュカイである。もう50歳過ぎてるし、重賞に出てくることもすっかりなくなってるので、経験と名声は一流だが、現在の力はどうかとなると不安ではある。しかし馬はまだまだ底を見せていないので、とにかく楽しみな1頭だ。

 ブッシュ・メモリアル出走馬は、なかなかいいメンツが揃った。筆頭に上がるのは当然2歳チャンピオン戦であるヴィンターファヴォリート賞(G3)を制したSilvaner(93.5kg)である。2戦2勝で、ヴィンターファヴォリートでは大外から粘るNice Danonを捕らえての勝利。圧勝ではないのでGAGは思ったより付かなかったが、素質は十分感じられる1頭だ。

 一方そのレースで2着に敗れたNice Danon(93kg)も、決してそこで決着がついた訳ではない。その前のツークンフツ・レネン(G3)では最低人気であったにも拘らず1着入線で、進路妨害のため2着に降着。ヴィンターファヴォリートでもそうだったように、並んでから粘る根性があり、1戦毎に力を付けている印象だ。叩き1戦目の今回はどうか分からないが、仮に負けても切り捨てるには早いタイプだと見ている。

 Silvanerと並んでブッシュ・メモリアルで人気になりそうなのが、Quinindo(88.5kg)。デビュー戦で10馬身差の圧勝劇を演じ、フェアホフ牧場の良血というのあって一気にダービー候補の筆頭扱いになったのだが、思い切ってチャレンジしたクリテリアム・ド・サンクルー(仏G1)ではいいところなく5着に敗退。やや人気先行の嫌いがあり、ブッシュ・メモリアルは試金石といえる。

 もう1頭ブッシュ・メモリアルで面白そうなのがLindenthaler(90.5kg)だ。2戦2勝でユニオーレン賞(L)を余裕を持った勝利。シールゲン厩舎主戦のシュタルケは重賞馬のSilvanerに乗るが、こちらもデフリースを押さえてるので、どちらが上というものではないと思う。牝系はエッベスロー牧場が持つ古いドイツ血統で、父はAzamour。決して早熟タイプではないだろう。

 その他2歳で好成績を残し、まだ復帰戦が決まっていない牡馬では、Earl of Tinsdal(85kg)が挙げられる。2戦2勝でミュンヘンのオークション・レネンを圧勝で制している。2着のRose Danonが先週Acadiusによく食らいついての2着になっており、相対的にEarl of Tinsdalの評価も高くなる。この馬はダービー狙いで復帰戦を組んでくるだろう。

 もう1頭、まだ1戦1勝ながら現在のダービー予想で上位人気に入っているのが、グラディッツ牧場のSundream(77kg)。GAGは未勝利戦1勝のみだから当然低いが、このレースでの落ち着いた勝ちっぷりにはかなりのポテンシャルを感じさせられた。父Lomitasだから距離が伸びて期待でき、この馬もダービー1本狙いで復帰してくるだろう。

 最後に今更ながら2010年勝手に年度代表馬2歳牡馬を選ぶと、3戦3勝、且つラティボア・レネンでの強い勝ち方からGereonにしたい。小厩舎から出てきた大物のいう話題性もあり、昨年の2歳馬では最も注目された馬といえるだろう。

 全体として今年の3歳牡馬は粒揃いで面白そうだ。ダービーに向けてこれからデビューする有力馬も少なくないし、結構楽しめそうである。

 3歳牝馬については、また1000ギニートライアルを見据えたあたりでw
posted by 芝周志 at 06:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年03月03日

2010年ドイツ年度代表馬はScalo

 またブログをサボってる間に年度代表馬が決定してしまった。2010年ドイツ年度代表馬はScaloとなった。一応私が考えたとおりの結果である。

 Scalo ist Galopper des Jahres 2010

 大衆紙Bildのインターネットサイトを通じた投票と郵送投票により、ノミネート馬3頭の得票率は以下のとおりとなった。

 Scalo: 43%
 Night Magic: 40%
 Vanjura: 17%

 事実上昨年のドイツ競馬で目立った活躍をしたのは3歳のScaloと古馬のNight Magicで、一応3頭ノミネートするこれまでの慣習から、もう1頭挙げるならマイルのVanjuraというものだったので、前者2頭で票が拮抗したのは、かなり健全な姿だと思う。前回記事で各馬触れたとおり、シーズンを通じてドイツ競馬を牽引したのはNight Magicであったが、Scaloは一旦主役の座から下がったものの、秋に再浮上し、オイローパ賞でNight Magicとの直接対決を制したのは大きい。全体的な活躍を重視するか、最終的な勝負を尊重するかの差が3%の違いだったということで、仮に逆だったとしても大きな異論は出なかったであろう。

 ところで、毎年ドイツの年度代表馬選考については苦言を呈している私であるが、今回は結果が予想通りであったこともあり、それほど苦々しいものは感じていない。しかしそれはまさに結果としてであって、選考過程については今回も外野から見える範囲で振り返ってみる意味はあるだろう。

 まずアンチ票については、今回は最初からそれほど問題とはなっていなかった。というのも、かつてのシュッツ厩舎、現在ではヒルシュベルガー厩舎という有力であると同時に僻みを受けやすい厩舎の馬がノミネートされていなかったからだ。シュレンダーハーン牧場ウルマン男爵家専属のヒルシュベルガーは、昨年はどう考えても成績が抜けていたGetawayとWiener Walzerをノミネートさせていたにもかかわらず、オンライン投票3,608票、郵送票を合わせても恐らく4000票そこそこという僅かな投票数の中で、不自然と思えるほどの得票率で実績下位のNight Magicに敗れてしまった。しかし今回はScaloのヴェーラー厩舎が他の2頭の厩舎より規模的に抜けてはいたものの、シュッツやヒルシュベルガーほどやっかみを受けているわけでもなく、事実上昨年の実績通りに票が分散されたのである。

 また今回は、運営側もそれなりの対策を講じてきた。オンライン投票の際、氏名、住所、メールアドレス等の個人情報を記入させたのである。恐らく郵送でも同様の措置がされたはずだ。投票者の中から抽選でプレゼントを与えるという特典は以前からやっているが、昨年のオンライン投票やそれ以前の電話投票など、IPアドレスや電話着信記録から調べるのかというほど事前の個人情報提供はさせておらず、そもそも特典当選自体が出来レースなんじゃないかと思われるやり方だった。それゆえ多重投票もかなり可能だったと思われる。しかし今回は前もって個人情報を詳細に書かせたため、恐らく多重投票がかなり抑えられたはずだ。

 もっとも、今のところ競馬人気が盛り返しているという状況ではないにもかかわらず、German Racingの発表では、総投票数が昨年のほぼ倍になったと書かれている。上記のような多重投票の抑止策が取られたなら、本来なら昨年より投票数が減りそうなものだが、この発表は俄に信じ難い。しかも明示されたのは各馬得票率だけで、投票実数はなく、この辺にドイツの年度代表馬選考イベントの不正直さが相変わらず見え隠れしている。昨年はオンライン票が自動表示されてたのだが、今年はなかったところがなんともいやらしい。

 まあしかし、前年までに比べればましになったと言えるだろう。クソ真面目で融通の効かないドイツ人という神話的イメージに、来年は更に一歩近づいてもらいたいものだ。

 選考制度の話ばかりになってしまったが、ノミネートされた3頭はいずれも今年現役続行の予定である。年度代表馬に選ばれたScaloは、2400mの所謂チャンピオンディスタンスで活躍を期待できる唯一の馬と言っていい。もちろん新興勢力の台頭は大歓迎であるが、やはりLando産駒のScaloが中心となって今年のドイツ競馬を盛り上げ、更にジャパンカップに参戦なんかしてくれた日には、ドイツ競馬ヲチとしては胸熱の至りである。ここ数年3歳の活躍馬が古馬になってイマイチなので、Scaloには是非とも頑張ってもらいたい。

 んで、当ブログの勝手に年度代表馬選び2歳部門他が放置のままなのだが、取り敢えず2歳部門をやらないことには春からの3歳クラシック戦線を展望できないですな…。えっと、近日中に頑張ってみます…(・・;
posted by 芝周志 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2011年02月09日

2010年ドイツ年度代表馬選考が始まった

 ドイツ年度代表馬選考はまた芝シーズンが始まる頃にのこのこやるんだろうと思ってたら、いきなり昨日始まりやがった。

 Wählen Sie den Galopper des Jahres 2010!

 当ブログ毎年恒例の「勝手にドイツ競馬年度代表馬」も途中まで書いて余裕で放ったらかしにしてあったのに、急遽書いた分だけ出すことにしましたよ。幸いノミネート馬3頭については書き終わっていたので。

 そのノミネート馬3頭は以下のとおり。

 Night Magic
 Scalo
 Vanjura


 例年通り各部門別に書いているので、この3頭に該当しない古牡馬部門も一応執筆済みであげておきます。このブログにおけるマイルールは例年通り、選考対象馬は「ドイツ調教馬」及び「ドイツで出走した外国調教馬」、参考として馬名横に年度GAG、Thoroughbred Pedigree Queryの5代血統表へのリンクを付けておきます。

◆最優秀古牡馬: Campanologist(98kg)
 いきなり外国調教馬ですよ…。2010年は、2009年を牽引したGetawayが春2戦2着のあと故障引退。09年ダービー馬Wiener Walzer(97.5kg)が国外G1に挑戦するも結果を残せず、かといって新勢力が台頭してくることもないまま、国内G1のドイツ賞(ハンザ賞との合併開催)とラインラント・ポカールをゴドルフィンのCampanologistに掻っ攫われてしまった。残る混合G1を別の外国馬、牝馬、3歳馬に奪われたとなれば、最早ドイツ国内調教馬にこの部門の候補はいない。ということで、最優秀古牡馬はCampanologistに。
 それでも国内調教の牡馬を1頭選ぶなら、ピークを過ぎながらもG1戦線で残る力を発揮し、バーデン大賞で2着になった8歳馬のQuijano(98kg)であろうか。騙馬のQuijanoはこの年をもって引退。今年から故郷フェアホフ牧場で若駒たちの調教誘導馬になる。またWiener Walzerは今年からフランスのファーブル厩舎に預けられ、かつてのShiroccoやManduroのように名伯楽による再生を期待されることになる。ということで、今年の古牡馬は明け4歳馬たちの活躍に望みを託さざるえないようだ。

◆最優秀古牝馬: Night Magic(98.5kg)
 この部門に関してはこの馬をおいて他にいないだろう。昨年のディアナ馬は、古馬になって牡馬に交じり、ドイツ調教馬の中心を担った。春初戦はイタリアG1共和国大統領賞で仕上がり足りずに7着と凡走したが、バーデン開催中止のためホッペガルテンでの施行となった2200mmG2戦で貫禄勝ち。バイエルン・ツフトレネンでは直線で前が詰まって追い出しに遅れ、英国牝馬Lady Jane Digby(97kg)の2着に甘んじたものの、古馬頂点となるバーデン大賞で、牡馬陣を完封する見事な勝利を収めた。オイローパ賞では3歳馬のScaloに完敗したが2着は確保する。今年も現役続行は決まっているが、恐らく高値でのオファー待ちというところなのだろう。

◆最優秀3歳牡馬: Scalo(100kg)
 Scaloは春にG3を2戦2勝し一躍ダービー候補に上がるものの、ウニオン・レネン(G2)では直線で前が詰まって抜け出せずに5着、本番でも最後方から思うようにレースが出来ぬまま9着に沈んでしまった。一方で2歳から実績を持つZazou(96kg)がブッシュメモリアル(G3)完勝、仏2000ギニーのプール・デッセ・デ・プーランでよく追い込んでの6着に好走したあとウニオン・レネンで圧勝し、安定した強さを見せる。距離不安視されたダービーでも力は発揮し、ゴドルフィンのBuzzwordに屈しものの2着となった。だがその後、ランラント・ポカール3着、ドラール賞(仏G2)9着、ローマ賞(伊G1)4着と、古馬勢の前では結果を残せなかった。それに対し一旦主役の座から転落したScaloはダービー後に立て直し、8月のドーヴィルでPrix Guillaume d'Ornano(仏G2)を勝利してオイローパ賞(G1)に向かう。そしてNight MagicやQuijanoを、後方から見事に差し切ったのだ。
 ということで、最終的に古馬の強豪を相手にG1を制したScaloが3歳世代最優秀馬で問題ないだろう。Scaloには古馬になった今年も大きな期待がかかる。Zazouも本来的な力はあるので、再び立て直してマイルから2000mmクラスで活躍して欲しいものだ。

◆最優秀3歳牝馬: Vanjura(97kg)
 この部門は牝馬クラシックの王道を眺めていると、1000ギニーの Kali(96kg)もディアナ賞のEnora(95kg)も(少なくとも年内は)一発屋で終わってしまう。常に人気の上位にいたElle Shadow(95kg)は、G3等で勝つときはG1級の強さを見せ付けるのに、肝心なところで取りこぼしてしまった。ということで、クラシック路線はどうにも一押し出来ない馬ばかりだ。
 だが1000ギニーを7着のあと5月のホッペガルテンで2000mのディアナ・トライアル(G2)を勝ったVanjuraが、そこから再びマイルに路線を戻し、徐々に台頭する。ハンブルクの牝馬G3で古馬と対戦し同じ3歳で参戦した伏兵Aslanaに敗れるものの2着を確保し、9月にトルコの国際競走イスタンブール・トロフィー(G2)を快勝、そしてミラノのマイルG1、ヴィットーリオ・ディカプア賞でRio De La Plataに短首差の2着と好走したのである。負かした中にはPressingやドイツ古馬マイルの善戦野郎Sehrezadもおり、高いレベルは十分に示したといえる。

 ということで、執筆済みはここまで。本当はノミネート馬発表前に3頭予想をするつもりだったのだけど、先に答えを出されてしまった。しかし一応予想は、発表されたとおりではある。そしてこの中から1頭投票するなら、Night MagicとScaloで悩んだ末、Scaloを選ぶことにする。シーズン通じてドイツ競馬を牽引したのはNight Magicの方だけど、Scaloもシーズン通し3歳の中心にいた1頭であり、直接対決でNight Magicを破ったということでこちらにした。ただこれは好みの問題になるので、仮にNight Magicが選ばれたとしても異存はない。Vanjuraになったらちょっと首を傾げることになるが。

 もっともドイツの年度代表馬選考は、毎年首を傾げる結果になっているおり、安心はできない。とはいえ、今年は非常に珍しいことに(もしかしたら初めてかも)ケルンの調教馬が1頭も含まれていない(去年もケルン競馬場調教馬はいなかったが、シュレンダーハーンの2頭はケルン郊外の牧場併設調教場の馬なので、広い意味でケルン)。これまでアンチ票を集めてきたシュッツやヒルシュベルガーの馬がいないので、多分順当な結果に収まると思われる。特に住所・メールも明記する完全記名投票となっているため、一人による多重投票がかなり難しい。さすがに運営側も毎年の結果に少なからず頭を痛めていたとは思うから、こういった逃げ隠れできない投票手段を選んだのだろう。

 尚、締切りは書かれていないが、少なくとも今週一杯は受け付けていると思う。結果が出たら報告します。

 えっと、それから「勝手にドイツ年度代表馬」のその他の部門(2歳、及び各距離体系別)は来週以降に書きます。今週は明後日から佐賀に行き、金曜日に佐賀記念を見てくるのでw
posted by 芝周志 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2010年12月15日

「医師が青信号を出してくれた」― A.スボリッチ復帰インタビュー

 スボリッチ騎手が今年4月、香港滞在中に頭部内出血の重症を負い、復帰は危険という判断から8月に引退表明をしたことはこのブログでも触れた。日常生活には支障ないほどに回復していたので、9月初のバーデン開催では騎手たちへのインタヴュアーとして姿を見せ、競馬との第二の人生を模索し始めたかに見えた。しかし今月2日、医師からゴーサインが出、馬上にカムバックするというニュースが駆け巡った。そしてこの度GaloppOnline.deがスボリッチにインタビューした記事があがったので、拙訳を試みてみる。

Jockey Talk mit A. Suborics

GaloppOnline.de:退場からの退場……どういう経緯ですか?

スボリッチ:それは簡単な話です。私の回復が予想よりはるかに早く、医師が馬上への復帰に青信号を出してくれたのです。再び鞍に跨ると決断して以来、私自身とても満ち足りており、また誰もがそんな私を幸せにしようとしてくれるのです!

GaloppOnline.de:このような道へ勇気を持って踏み出すことが出来る、そして踏み出したいと思えるほど、この半年間で健康状態が劇的に変化したのですか?レース中に危険な状況になった際、恐怖を感じる可能性があるとは思いませんか?

スボリッチ:懸念は持ちたくないし、ありません。私を知っている人は誰もが、私を咎めることが出来ると分かっていますが、私は自分の仕事をこなす中で恐怖を感じたことは一度もありません。全てを受け入れ、バーデン・レーシング(註:バーデン競馬場主催組織)で新たな仕事を始めるという、より快適な人生は確実だったでしょう。しかしそうしてもう一度試してみるということをしなかったなら、一生後悔するだろうと思っただけなのです。レースで騎乗するということは、私にとって仕事だというだけでなく、情熱でもあるのです。

GaloppOnline.de:騎手アンドレアス・スボリッチは、事故と休養との後もベストだった頃と同じように再び乗れると確信してるわけですね?

スボリッチ:まあ、多分ベストな状態はもう一度来るでしょう。今回の事故はそれほど酷いものではなく、出血した後も2週間騎乗してたんですよ。その時のほうが今より間違いなく危険でしたが、あなたは私の頭が弾けてしまっていたと思うでしょうけど、私は自分のレースは全て乗ったし、馬主や調教師たちからも満足を得ていたんです。

GaloppOnline.de:馬にどうしても乗りたいという気持ちに指先をくすぐられ、拙速に決断してしまったという懸念はありませんか?

スボリッチ:この決断を下すまでには十分時間があったし、しっかり考えました。また私は自分自身以外誰に対しても釈明するようなものは負ってませんし、今は清々しい気持ちで、再び馬に乗りたいのです。

GaloppOnline.de:いつからまたレースに乗りたいと考えてますか?

スボリッチ:出来るだけ早く。しかし自分の調子がちゃんとフィットしたタイミングによります。

GaloppOnline.de:いつから朝の調教には参加し、またどこで乗ることになりますか?

スボリッチ:既にヴァルデマール・ヒクスト調教師のところで最初の騎乗はしました。

GaloppOnline.de:事故、及び引退表明以前はヴァルデマール・ヒクスト厩舎の専属騎手として契約してましたが、来年もヒクスト厩舎の一番手騎手になる予定ですか?

スボリッチ:それはヴァルデマール・ヒクストがご自身で決めるでしょう。私の側からはっきりしているのは、彼が私にとってドイツ国内での最初の伝だということですが、しかしまだその件については時間があります。

GaloppOnline.de:あなたが抜けた後、ヒクスト厩舎ではアレクサンダー・ピーチ騎手が大きなチャンスを得、その期待に大きく応えました。ピーチ騎手との関係はどうなりますか?厩舎内でのあなたの役割は?

スボリッチ:ヒクスト厩舎での今後のアレックス(註:ピーチ騎手)の役割については、私が決めることではありません。私たちは仲間として一般的に普通に接するだけです。

GaloppOnline.de:馬に乗っていなかった間、一番気に入っていたことは何ですか?

スボリッチ:馬に乗ることです(笑)

GaloppOnline.de:今年あなたはバーデン・レーシングで活動してました。ドイツで一番の競馬場のための活動を2011年も続けるのですか?

スボリッチ:予定されていた活動は、もちろん引き受けられません。しかしこの過程で、アンドレアス・ヤコブス、パウル・フォン・シューベルト、ラールス・ヴィルヘルム・バウムガルテン、セバスティアン・ヴァイスの各氏には、そのチャンスと信頼に心から感謝したいです。今後もバーデン・レーシングとは良い関係を保っていくつもりですし、何かしらの形で素晴らしく進行中のプロジェクトを支援していきたいです(註:バーデン競馬場は運営団体が今年破産申請し、バーデン・レーシングはその後進組織として競馬場の再興を図っている)。

GaloppOnline.de:所謂「休暇中」には他に何かしていましたか?エージェントになろうとかはしていませんでしたか?

スボリッチ:それ(エージェントの試み)は全くしていませんでした。現況においてそれはとてもきつい仕事ですし。

GaloppOnline.de:調教師になろうと考えたことは?

スボリッチ:その考えはありません、全く。

GaloppOnline.de:これまで国外でも多く騎乗していましたが、今後もまた国外で乗ろうという考えはありますか?

スボリッチ:はい、それはあります(英語で笑いながら)。おふざけは置いといて。もちろん、また国外で乗ろうという考えはあります。特に香港時代はいつも楽しかった。そしていつか再びアジアで騎手免許を取ることは間違いなく一つの目標です。

GaloppOnline.de:では、馬自体について一言。2010年で特に印象に残ったレースはどれですか?

スボリッチ:オイローパ賞でのScaloの勝利はとても印象に残っています。ZazouもG1を勝てるようなとても良い馬ですよ。あとはバーデン・バーデンのNight Magicですね。この牝馬には非常に期待してましたから、私も殆ど泣き叫んでましたよ。

GaloppOnline.de:では、2歳馬ではどうですか?2011年ドイツ・ダービーに向けてノートにメモしておくべき馬は?5頭挙げるとどれでしょう?

スボリッチ:2歳馬でまず挙げられるのはSundreamですね。彼はとてもしっかりした勝ち方をしており、2歳馬の中では既に抜けていますね。ダービーの熱い本命で、私の中では現在1番です。その次にヴィンターファヴォリート賞のSilvanerが挙げられるでしょう。彼はまだミスをしていません。間違いなく2400m馬と言えるのは、ラティボア・レネンの1、2着であるGereonとLe Peintreですね。ヴァルデマール・ヒクスト厩舎にはダービー向きのまだデビューしてない馬が何頭かいますが。こういうのはいつでもワクワクしますね!
posted by 芝周志 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2010年12月12日

リリエンタールとアンナドンナの母Anna Mondaとその牝系

 昨年の今頃ドイツ産母を持つミッションモードエイシンフラッシュについて取り上げていたので、今年もこの辺で1頭書いてみたいと思う。取り上げるのは、既に準オープンクラスで菊花賞にも出走したリリエンタールと11月府中最終日曜日に2000m新馬戦をデビュー勝ちしたアンナドンナの母アンナモンダ(Anna Monda)である。リリエンタールがそこそこ走ってるのだからさっさと取り上げていてもよかったのだが、単に間を逸したのとサボってたということで…。

 2002年生まれで2004〜05年に現役として活躍したAnna Mondaは、私自身も生でしっかり見てきた馬だ。2歳10月のデビュー戦では逃げてゴール直前に1番人気の牡馬Le Kingに交わされて2着であったが、3着がその11馬身後ろなのだから、この時点で抜けた牝馬であることは予想できる。そして3歳明け初戦の4月1200m未勝利戦ではスピードの違いを見せつけて2着Molly Artに7馬身差の圧勝で初勝利を得た。

 Monsun産駒というと、基本的にスタミナがあって重厚なチャンピオンディスタンスホースというイメージが強いが、このAnna Mondaの走りにはそういった重戦車のようなイメージはなく、スプリンターだった母父Salseの影響力が強いのかスピード能力の違いで押し切るタイプだ。それでも飛ばすだけ飛ばすというのではなく、テンの速さで先頭に立つと、中盤で淀みないペースながらもうまく息を入れ、直線でもう一度突き放すといった感じなので、その辺にMonsunのスタミナが活きているのだろう。

05Henkel-Rennen Anna Monda.jpg さて迎えたヘンケル・レネン(独1000ギニー・G2)でもその能力は如何なく発揮され、早々に先頭に立つとAnna Mondaに食いついてこられたのはQuadrupaだけで、そのQuadrupaも直線の坂で突き放されて4馬身差の2着、その後ろは8馬身離されるという引きちぎりっぷりだ。馬場は6.1の不良だったため、タイムこそ日本の1800m並だが、映像を見る限り決してダラダラしたレースではない。因みにこの時敗れた馬の中にはStacelitaの母Soigneeもいる。

 これだけ強いレースをすれば国内に留まる理由もなく、まずはフランスのG2サンドリンガム賞に挑戦する。しかしここでも逃げたものの、残り200mで完全に脚が上がり、一気に馬群に飲み込まれて7着。続いてグッドウッドのG3オークツリーSに出走したが、ここも7着に敗れた。印象としては早熟で、早々に能力を使い果たしたかに思われたが、一息入れてドイツ国内のオイローパ・マイレ(G2)に出走すると、再び1000ギニーを彷彿とさせる逃走劇を演じ、見事な復活を見せる。もっともこのレースではドイツ・マイル界を背負ってきた1頭Eagle Riseが直線で骨折転倒という悲しい出来事があり、そのライバルであったMartilloも友を思ってかその直後に脚が止まってしまい、勝ったAnna Mondaには申し訳ないが、その場にいた私には彼女のことを称える余裕がなかったことを覚えている。

 ところで私は個人的にMartilloをデビューから応援していたこともあり、彼がミラノのマイルG1、ヴィットーリオ・ディ・カプア賞に出ることになったので、私もミラノへ向かうことにした。尚、まったくの余談になるが、私は当日朝7:05発の飛行機に乗る予定だったのに、目が覚めたのが6:20で、青ざめながら荷物を掴んで家を飛び出し、タクシーを捕まえ、6:30に空港に着いてチェックイン、なんとか飛行機に乗り込んだのである。家から空港までバスで15分という立地条件だからこそ出来たことではあるが、フライト時間の45分前に起床して間に合うもんなんだなと、我ながらえらく感心したものだ。

 話を戻そう。オイローパ・マイレを快勝したAnna Mondaもミラノに向かうことになった。ただこの間に社台の照哉さんに買われ、主戦のムンドリーは黒黄のストライプ勝負服でレースに臨んだ。Anna Mondaはこれまで同様に先頭に立つと800mある長い直線の途中まで淡々とペースを刻み、残り300mを切ったあたりから仕掛け、内から追い込みをかけるMartilloを1馬身3/4差に押さえこんでG1のタイトルを手に入れたのである。個人的にはMartilloが敗れて悔しかったので、なんとなくAnna Mondaに対しては素直に賞賛できる記憶を持っていないのだが、しかし勝った内容はどれも文句をつけようがなく、彼女のスピードと最後まで潰れないスタミナは高く評価されて然るべきものだろう。

 以上がAnna Mondaの現役時代であるが、彼女の牝系ラインについても少し眺めてみよう。
上でも貼ったが、もう一度Pedigreequery.comの5代血統表をば。

 Anna Monda
 
 母Anna of Kiev、祖母Anna Matrushkaは英国産となっているが、そのまた前に遡るとしばらくドイツ産が続く。この牝系はレットゲン牧場に培われてきたAラインで、ドイツでの始祖はイタリアから輸入されたAdria。導入時の逸話でもないかと手元の資料をガサゴソ探してみたが、残念ながらこの馬に触れた記事は見つからなかった。6歳上の全姉Alenaが伊オークスを、2つ下の半妹Archidamiaが伊1000ギニーを制していることから、イタリアの良血ということになるのだろう。1930年代はフェデリコ・テシオ全盛期でもあり、イタリアから新たな血を導入するのは珍しいことではない。

 だがこのAdriaから何代かは目立った活躍馬もなく、この血統を大きく発展させたのは、Anna Mondaから4代母Antwerpenとその娘Anna Paolaになる。Antwerpenの子では牡馬のAsprosとAnna Paolaが2歳チャンピオン戦ヴィンターファヴォリート賞を兄妹制覇しており、Asprosは3歳時に独2000ギニーを2着、Anna Paolaはディアナ賞(独オークス)を制する活躍をしている。Anna Paolaの全妹A Prioriの孫にはE.P.Taylor S(加G1)を勝ったFräuleinがおり、また父にStar Appealを持つAnständigeの孫にはヴィンターファヴォリート賞とウニオン・レネン、古馬になって複数のマイル重賞を勝ったAspectusがいるなど、Antwerpenの血はAnna Paola以外を通じても現在まで豊かな広がりを持って受け継がれている。

 しかし最も優れた後継牝馬は、やはりAnna Paolaであろう。自身の直子こそ目立った活躍馬はいないが、孫の代では日本人にも馴染みのある名前が現れる。96年に来日して毎日王冠を制し、その2年後にも鳴尾記念で3着になったアヌスミラビリス(Annus Mirabilis)だ。また先ごろアメリカのフラワーボール国際Sでレッドディザイアを降しエリザベス女王杯にも来日したアーヴェイ(Ave)もAnna Paolaに繋がる牝系である。その他にも重賞勝ち馬は少なくない。

 改めてAnna Paola自身の血統に目を向けると、父Prince Ippi、その父Imperialというのが眼を引くところだろう。Prince Ippiは3歳でオイローパ賞に勝ち、古馬になってイタリア大賞(当時G1格、現在準重賞)を制した馬である。そしてその父Imperialはハンガリー馬で、25戦20勝、母国ではダービー、セントレジャーを制し、オーストリア、チェコ、旧東ドイツでもその強さを誇ったあと、西ドイツにも遠征、いくつか勝ち負けするも、ハンザ賞をレコードで制したことは、当時の西ドイツ人たちにも強い衝撃をもって受け止められた。Imperialはその後70年代前半、ハンガリーのリーディングサイヤーとして君臨している。このようなハンガリーの血を入れて成功させたのは実にレットゲン牧場らしい。レットゲンといえば、ハンガリーの歴史的名牝キンツェム(Kincsem)の牝系を、Wラインとして現在も引き継いでいる牧場として知る人ぞ知るところである。遡ればAnna Mondaにも、そういったレットゲンらしいハンガリーの血が注ぎ込まれているということだ。

 さて、すっかりレットゲンの血統として話をしてきてしまったが、Anna Monda自身の生産牧場はブリュンマーホフ(Gestüt Brümmerhof)である。この牧場自体は1989年からサラブレッド生産を始めた若い牧場で、基本的にオーナーブリーダーとして自家生産馬を走らせるより、セリで売る方に力を入れている。しかしAnna Mondaの活躍から、オーナーブリーダーとしても重賞に顔をよく出すようになっている。サイトのトップも今もってAnna Mondaだし、この馬が牧場にとって大きな転機をもたらしたといえるのだろう。Anna Mondaの母Anna of Kievは上でも触れたとおり英国産で、祖母Anna Matrushkaのときにレットゲンが英国へ放出したようだ。Anna of Kievはブリュンマーホフ牧場が英国から購入、その血を再びドイツに戻したものである。しかしながら、Anna Monda以前にこれといった活躍馬を出さなかったため、彼女が1000ギニーを勝つ前年、タタソールスのセリに出され、5000ユーロでアゼルバイジャンへと売られてしまった。現在Anna of Kievの子は牧場に残っていないので、照哉さんが提示した金額に目が眩んで、牧場の基幹牝馬と成り得る馬を放出してしまったといえなくもない。もっともブリュンマーホフ牧場がMontjeuやGalileoをつけることが出来たかどうかは分からないが。

 といった感じで、リリエンタール、アンナドンナの母Anna Mondaについて知ってること、ざっと調べてみたことをダラダラと書き連ねてみた。取り敢えずカタカナ表記の「アンナモンダ」ってのだけみて、「変な名前!m9(^Д^)」ってのはやめてね〜。
posted by 芝周志 at 23:08| Comment(1) | TrackBack(0) | ドイツ競馬

2010年08月11日

スボリッチ騎手引退

Starjockey Andreas Suborics kündigt Karriereende an

 短期免許で度々来日していたドイツのトップジョッキー、アンドレアス・スボリッチ騎手が8日ハノーファー競馬場で引退を表明した。彼は香港滞在中の4月に調教中の事故で頭部内出血の重傷を負い、今期はこれまで治療に専念していた。7月にGaloppOnline.deに載っていた記事では慎重な姿勢ながらも秋頃の復帰に向けリハビリに励んでいると語っていたのだが、頭部内という難しい個所の傷であるゆえに、最終的に医師から騎手復帰は危険すぎると言われ、引退を決断するに至ったということだ。

 スボリッチ騎手は1987年にウィーンでデビューし、生涯勝利数は1542。1971年ウィーン生まれで、国籍はオーストリア。スボリッチという姓は多分ハンガリー系で、遡ればハプスブルク帝国時代の隣国出身ということになるのかもしれない。実家は菓子屋。馬とは基本的に縁のない家庭の出身らしい。

 ウィーンから程なくドイツのミュンヘンへ移り徐々に頭角を現す。1995年には当時ドイツの2大厩舎の一角ブルーノ・シュッツ師の2番手騎手として競馬の中心地であるケルンへ移り、86勝を揚げる。それを見込まれ翌年レットゲン牧場の主戦騎手に抜擢されるが、シーズンスタートと同時に落馬骨折し秋まで戦線離脱を余儀なくされた。しかし9月に復帰するとA Magicmanでフォレ賞を勝ち、初のG1制覇を揚げる。その後はシールゲン厩舎でTiger Hill、ヴェーラー厩舎でSilvanoといった名馬に出会い、今世紀に入る段階でシュタルケと双璧をなすドイツのトップジョッキーとなった。Silvanoと世界転戦した2001年は、それまでの稼いだ賞金額を1年で稼ぐ活躍振りを示す。そして2003〜2005年にシュレンダーハーン牧場/ウルマン男爵の主戦騎手となり、2004年にShiroccoで念願のドイツ・ダービーを制した。シュレンダーハーンとの契約が切れた後は、あまり所属厩舎が安定せず大手馬主のいい馬に騎乗する機会が減ったため、絶頂期に比べると目立つ活躍も減ったが、しかしそのような少ない機会でも重賞では度々勝利を揚げて、ここぞというときの信頼感は確かであった。日本の短期免許滞在ではあまり目立った活躍はなかったが、2004年と2006年のWSJSで優勝し、日本の競馬ファンの印象にも残る騎手だったと思う。

 個人的にもズビ(ドイツでは皆からこの愛称で呼ばれていた)は最も思い出深い騎手だ。私の滞在中が彼の絶頂期だったというのもあるが、思い出してみると最初に自分の撮った写真にサインしてもらったのは彼だった(2003年1000ギニー)。その時にこんな真正面からの写真を撮らせてもらえたのも彼だからこそ(笑) 

suborics.jpg


 ズビはファンサービスをとても意識していて、重賞を勝利した時のウィニングランではいつもスタンドに向かって手を回し、観客を盛り上げていた。更にそれだけではなく、人気が低迷する競馬界の為に彼は少なからず一役買っている。例えばテレビの「この人の職業は何でしょう?」といったバラエティーショウに出演したり、もっと具体的に彼の生活を追ったドキュメンタリー番組にも出たりしている。

 更にとても印象深いものとして、数少ない競馬のテレビ放映の機会に、レースで騎乗しながら自ら実況するという企画にも挑戦しているのだ。当日の解説者だった元騎手ルッツ・メーダー氏は、このような騎手に無駄な負担を与える試みに対しあからさまに不満顔をしていたが、しかしズビ自身もそれが騎乗へのマイナスになることは百も承知の上で、視聴者への関心をより喚起させるための試みに自ら買って出ているのである。こんな企画は後にも先にもこれ一度きりだろう。貴重なものなのでYouTubeにもあげてみた。


(因みに準オープンクラスのこのレースを勝ったのは2004年カナディアン国際で2着になったSimonas)

 ズビは日本に幾度か来ていたため、競馬場で私を見かけるといつも「コンニチハ」と声をかけてくれ、勝利のあとに「おめでとう」と日本語で声をかければ、「アリガトウ」と答えてくれた。さすがに観戦エリア内でそれ以上の会話は普段は殆どしなかったが、ある日メインレースが終わって駐車場エリアから真横に見られるケルンの2400mスタート地点に行ったら、そのあとのレースのスタート前の輪乗りをしていたズビが、「来週はクレーフェルト(競馬場)に来ますか?」と馬上から話しかけてきて二言三言会話を交わすという楽しい体験をさせてもらった。ほかにもミュンヘンへ日帰り遠征した際、帰りの飛行機が一緒になって乗り降りの際に話したりもした。その際私のサイトのアドレスをあげたのだが、まあ覗きに来てる様子はなかったかな(笑) それでも騎手とのちょっとした交流を楽しませてくれたのは、いつもズビだった。

 怪我で引退というのは誠に残念だ。年齢もまだ40前だし、まだまだベテランの腕を発揮できたはずだ。

自分はかつて目指した以上のものを騎手として達成できた。今は別の形で競馬に関わっていきたいと思っている。


 引退表明の際にはこう語ったそうだ。彼なら鞍から降りてもきっとドイツの競馬界に貢献する形で活躍してくれるだろう。まずはゆっくり傷を癒し、近く競馬場を元気に闊歩する姿を見せてほしい。

 ズビ、お疲れ様!
posted by 芝周志 at 02:23| Comment(2) | TrackBack(0) | ドイツ競馬