2010年07月04日

君に送る言葉 〜 ありがとう、オグリキャップ

 正直に言おう。君は僕にとって最初は悪役だった。

 1988年の日本ダービーで大学の悪友に誘われサクラチヨノオーの単勝馬券500円を買った時から、僕の競馬人生は始まった。しかし何の予備知識もない僕が次に意識したレースは、その2週間後のG1宝塚記念だった。その間の日曜日に行われていたニュージーランド・トロフィーのことなど気付く由もない。地方からやって来た芦毛の若武者が、7馬身差のぶっ千切りで中央4連勝目を果たしていたなど、僕は全く知らなかった。宝塚記念で僕は芦毛の苦労馬タマモクロスの単勝を500円買い、2度続けて賭けた馬が勝つ喜びを覚える。

 とはいえ、その時の僕は所詮駆け出しの競馬者。面白いのはG1だけで、特に夏の間は敢えて見ておく必要もないもの判断し、一旦競馬を忘れれていた。再び気持ちが戻ってきたのはようやく秋の天皇賞のときだ。即ち、高松宮杯、毎日王冠で(旧齢)4歳馬にして古馬を捻ってきた君の活躍などまるで気付きもせず、僕に競馬への扉を開いた春の2頭のうちダービー馬が長期休養から出てこないとなれば、応援するのは必然、タマモクロスということになった。当時存在した単枠指定で僕のヒーローと人気を分け合う君は、僕の目には単なる成り上がり者の悪役に過ぎなかったのだよ。

 君より1年先輩の彼は、成り上がりの若造である君を返り討ちにし、続くジャパンカップでもアメリカ馬ペイザバトラーとの攻防で君に主演の座を与えるような隙を与えなかった。僕にとって芦毛のヒーローは紛れもなくタマモクロスだった。

 だから引退の花道である有馬記念で彼が君に敗れたときは、かなり悔しかった。だが同時に、彼から芦毛色のバトンを渡された君は、容易に他の馬に負けてはならない存在になったと、勝手ながらに思わせてもらった。

 翌春は故障で棒に振ってしまったが、復帰したオールカマーでの楽勝は当然として、春の天皇賞と宝塚記念を勝ち秋も主役の座を狙おうと現れたイナリワンとの攻防を制した毎日王冠では、タマモクロスを破ってきた君のプライドを強烈に感じさせてもらった。そして続く天皇賞(秋)でのスーパークリークへの惜敗、マイルチャンピオンシップでのバンブーメモリーとの鼻差の勝負、連闘で臨み世界レコードとなった猛烈なジャパンカップでホーリックスを僅かに捕え切れなかった悔しい2着。君が繰り広げたそれらの死闘は、僕の中でタマモクロスの後継としての君の位置づけを完全に消し去り、君こそが僕にとっての競馬となった。

 決して格好いいわけではない。少し潰れたような無骨な顔。どちらかというとまだ黒っぽくて綺麗とはいえない芦毛の姿。走り方だってまったくエレガントではない。君はいつだって荒々しくゴールへ向かって走りこんでくるのだ。そして、人も馬も威圧するような強い意志と力がほとばしった目。僕のとある友人が言った。「あれはもう人の目だよ」と。

 有馬記念ではもう君しか見ていなかった。だから君が初めて力尽きたように敗れた姿は悲しかった。だが誰もが分かっていた。あの秋の無茶なローテーションで、しかもその全てで死闘を繰り返してきたあとでは、どんなすごい奴だって余力は残ってないことを。でも悔しかった。君が自分の力を出し切れずに負けてしまったのが悔しかった。君はこんなんじゃないはずだ。そして翌日のスポーツ紙に君が涙を流している写真が載った。僕たちは誰よりも君自身が悔しがっていることを知った。やはり君は君だった。

 翌春、安田記念で快勝したときはさすがだと思ったよ。でも宝塚記念でどこか歯車が狂いだした。そして秋。君の中から何かがポロリと落ちてしまったようだった。天皇賞(秋)、ジャパンカップ、そこには昨年、一昨年に見ていた荒々しい君がいなくなっていた。燃え尽きてしまったのか……。ジャパンカップのあと、僕は連複で遊んだ馬券を当てていたにもかかわらず、府中の芝を見つめながらどこか虚しい気分に陥っていたのを覚えている。

 1990年12月23日有馬記念。中山競馬場には18万人以上の観衆が集まっていた。僕もその中の一人だった。馬券は前日のうちに後楽園のWINSで買ってあった。この年の4歳馬メジロライアンとホワイトストーンも好きで、君の引退後を担うのは彼らだと思っていたから、それぞれの単勝と複勝を500円ずつ買った。そして僕を決定的に競馬へと結びつけてくれた君との別れを記念し、単勝8番の馬券を1000円買った。思えば単枠指定のないジャパンカップを除き、僕が君と出会ってから初めて君がその単枠指定から外された馬券だった。でもそんなことは関係ない。僕は君と出会った証を残しておきたかっただけなのだから。確かサンスポで高橋源一郎がハートマークというふざけた印を付けていたけど、君の単勝馬券を買った人の多くはみんなそんな気持ちだったにちがいない。

 君の最後のゲートが開いた。僕は後ろのからのギューギューとした圧力に押されながらも、安い一眼レフカメラを持って坂の途中の埒にしがみ付き、君の最後の姿を追っていた。

 最終コーナー、僕はあの瞬間を今でも覚えている。「ただ無事に帰ってきてくれればいい」、そう思っていた自分の意識があっという間に消し飛び、外を回って先団に向かってきた君を見て、「オグリが来た!オグリが来たっ!」と叫んだのだ。言い知れぬ胸の高鳴り。僕はカメラを構え、君だけを目掛けてシャッターを切った。そして僕の前をとおり過ぎるとカメラを下ろし、僕が次世代を期待したメジロライアンとホワイトストーンが迫りくる姿にも興奮しながら、君に向かって「オグリ頑張れ!頑張れーっ!」と必死に叫んだんだ。

 そして君は勝った。最後にもう一度、君は僕の知っている君を見せてくれた。恥ずかしながら、僕の目は明らかに熱くなっていた。こんなに涙もろかったっけかと、頭の隅にいる冷静な自分が苦笑いしながらも、僕は目頭にこみ上げる熱いものを押さえ切れなかった。

 1月の引退式。僕は現場には行かなかったが、写真で君の姿を見たとき、君の毛色が驚くほど白くなっていて、ああ終わったんだなと実感したよ。

 種牡馬としての君は結局振るわなかった。血統的に三流とは最初から言われていたことで、そのような結果は冷静に受け止めていた。と同時に、つくづく君は心だけで走ってたんだなと再認識したよ。そういう意味で君は、血統のスポーツとしての競馬の常識をも打ち破っていたんだな。どの馬の仔でも、どの馬の親でもない。君は紛れもなく君なんだと(まあお母さんのホワイトナルビーの血は認めるけどね)。

 君が怪我でこの世を去るというのは、なんとなくらしくないなとは思う。最期を痛い思いで迎えたのは辛かったろう。どうか安らかに眠ってくれ。

 競馬を始めた最初に君と出会えて本当によかった。これまで多くの馬を見てきて、もちろん君のような奴とは一度も出会っていないし、きっとこれからも出会うことはないだろう。そういう意味で君は僕にとって一生特別な存在だ。だが、事実上君とともに僕の競馬人生が始まったお陰で、僕は競走馬たちの走る意思というものを最初から知ることが出来た。だからこれまでも、そしてこれからも、競走馬たちとの出会いを繰り返し楽しむことができる。

 だから心を込めて言おう。

 ありがとう、ありがとう、オグリキャップ



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posted by 芝周志 at 03:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 競馬その他
この記事へのコメント
「・・・どの馬の仔でも、どの馬の親でもない。
 君は紛れもなく君なんだと・・・・」
そのとおりだと思います。
血統が・・・・なんていう方も大勢いらっしゃると
思いますが、「オグリキャップは、いつまでも
オグリキャップ」であり、あの当時のオグリキャップを知っている方々には、いつまでも心に残る馬だったと思います。
有馬記念のオグリコールには、私も涙しました。

Posted by leon at 2011年02月12日 09:43
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